ディギルは仕込みナイフをカルノス目掛け突く。
だがカルノスは、身体をくねらせ、紙一重でそれを交わす。
刹那、すぐさまその勢いを利用し、彼のわき腹に裏拳を入れる。
だがディギルは、それに多少怯んだ程度。すぐに二激目を繰り出す。
カルノスは、迫り来る仕込みナイフではなく、その手甲をはめている腕本体の関節部に拳を入れる。
一時的に感覚を失ったその腕を持ち、カルノスは背負い投げをする。
その光景を見たリヴァルは口笛を鳴らした。
「やるね、カルノス」
当然驚いたのはリヴァルだけではない。
壁として立っているブロル兵も、皆目を丸くしていた。
「こんなもんなのか?」
カルノスは構えたまま言った。
ディギルは声に反応して起き上がる。
「なるほどな」
彼はそう呟くと、再び攻撃を仕掛けた。
今度はカルノスの足元。
ナイフを斜め下の方向に突き出す。
だがそこにカルノスの足は無く。
カルノスは攻撃の瞬間小さく跳躍し、ディギルの腕の上に乗った。
そしてその腕をあん馬の用に使い体を一回転させて、その遠心力をのせた蹴りを顔面に入れる。
「――ぐっ」
思わず声が漏れ、反動により後ずさる。
鼻からは血が流れてきた。
カルノスの蹴りは完全に入っていたのだ。
カルノスの動きは、もはや人知を超えていた。
まさに天賦の才。そうとしか言いようが無かった。
「くそっ!!」
そう吐き捨てて向き直す。
だが視界にカルノスは居ない。
瞬間、何者かの手によって頭を押さえられた。
その手が誰の物なのか考える暇も無く、顎に膝蹴りが入る。
ディギルの体は、再び地面に倒れた。
口と鼻から血を流し、顎も砕ける寸前。
気絶しているのだろうか、動こうとしない。
「圧勝……だな」
とリヴァルは呟く。
「カルノス……よかった」
ニーナは彼の安全に胸を撫で下ろした。
その刹那。
「……まだ終わっちゃいねぇよ」
ディギルは重い体を持ち上げる。
体へのダメージは大きい。
本来なら気絶していてもおかしくは無い。
そのタフさは、一瞬キメラかとも思うほどだった。
「まだ俺にはこれがある」
そう言った後、すばやく詠唱をする。
刹那、前方にかざした仕込みナイフから、人の頭ほどの炎の塊がいつくも発射された。
そのスピードは恐ろしく速く、カルノスでも避けるだけで精一杯だった。
なかなか反撃に移れない。
「くそ!」
だが避けてばかりでは、敵を見失ってしまう。
そう思ったカルノスは、少し攻撃が緩んだところを見計らい、敵の動きを確認しようと前方に視線を戻す。
だがそこには、いつの間にか急接近したディギルの手があるだけだった。
その手はカルノスの頭を掴むと、突然電撃のような物を放った。
「グアアァァ!!」
それはまさにスタンガンの如くカルノスを苦しめた。
頭がかち割れそうになる。
さらに体の自由もきかない。
そんなカルノスの体をディギルは投げ飛ばす。
「さすがのお前も、源霊魔術相手には敵うまい」
満身創痍の彼だが、自分の源霊魔術の実力には自信があるようだ。
源霊魔術は詠唱語の繋げ方しだいで、その威力・効果が大きく変わる。
世界中に存在する全ての『力』の中で、これほどバリエーションが多彩な物は無いと言ってもいい。
ディギルは、そのバリエーションを思いつく『発想力』に自信があるようだった。
カルノスの体は、まださっきの電撃のせいで自由がきかない。
立つのでやっとと言った所だ。
「まだ立つか。ならこれでも食らえ」
そう言った瞬間、カルノスの足元の地面が二本の手を形成した。
それはカルノスの左右それぞれの足を掴む。
なんとかその束縛から逃れようと足を動かすがビクともしない。
とたん、今度は目の前の地面が、カルノスの身長ほどの巨大な拳を形成する。
動きの取れない事をいい事に、その拳はカルノスに渾身の一撃を放つ。
バキッという嫌な音が響く。
足にまとわり付いていた手は壊れ、束縛から逃れる事は出来たが、その代償はあまりにも大きかった。
カルノスの体は大きく宙を舞い、そしてリヴァル達の立つ少し手前に落ちた。
「あっけねぇな〜。さっきまでの勢いはどうした」
余裕じみた笑みを浮かべながらカルノスに近づき、そのむなぐらを掴み持ち上げる。
「俺をここまでしたガキはお前が始めてだ。名前だけは覚えてやろう」
ナイフをカルノスの喉に近づけながら続ける。
「だが所詮ガキ。ここまでだ」
カルノスの喉から一筋の血が流れる。
ニーナは耐えかね、手で顔を覆う。
刹那、リヴァルの剣が鞘を走った。
太刀筋はすばやく入り、ディギルの両腕をちょうど肘の所で二分する。
「……え?」
あまりに一瞬の出来事だったため、ディギル自身、何が起こったか把握できていない。
ただ腕に、本来あるはずの物が無い。ただそれだけ。
痛みとかそう言った感覚が、まだ彼を襲っていなかった。
そして次に彼の視界に映った物。
それはルキアスだった。
彼は杖の先でディギルの体を突く。
とたんにそで爆発が起こり、ディギルの体は吹き飛んだ。
爆発の威力は大きく、彼の体は後方に立っている兵士の中へと吸い込まれた。
「ディギル隊長!!」
数人の兵士がディギルの容態を確かめようと声をかける。
気絶、あるいは出血多量と爆発のショックにより死んでしまったか。
何にせよこの勝負、リヴァル達の勝ちである事に間違いは無い。
指揮官を失った兵士と言うのはとてつもなく弱くなる。
ディギルをほんの数秒でここまで至らしめた二人を見ただけで、彼等は戦意を喪失した。
一人の兵士がディギルを背負うと、皆同時にその場を離れようとする。
「おい、待て」
それをルキアスが止める。
そして足元のある物を持ち上げ、
「忘れ物だ」
と言って兵士に投げてやる。
ボトッと音をたてて地面に落ちたものは、すっかり血の気を失ったディギルの腕だった。
「う、ウワアアァァ!!」
一人の兵士が、らしくも無い悲鳴を上げる。
とたんに彼等は、その腕を拾う事無く、その場を離れていった。
「あれで兵士ってんだから驚きだよな。根性がねぇよ」
剣を鞘に収めたリヴァルが呟く。
そしてカルノスの容態を確かめようと、後ろを振り向いた。
カルノスはニーナによってすぐにヒーリングを受けた。
おかげで、軽い傷は全て完治している。
ただ折れたあばらや腕の骨は、しばらく固定しておいて、また後で時間をかけてヒーリングを行う必要がある。
だが今後の行動にそんなに支障はなさそうだった。
問題は彼の心の状態。
「……大丈夫か」
リヴァルは感情を込めずに言う。
「……ああ」
「……泣いてるのか?」
声を聞けば分かる。
確かに震えていた。
「関係ないだろ」
カルノスは吐き捨てる。
「……お前にしちゃよく頑張った方だ。見せてもらった。お前の覚悟ってヤツをな」
言葉自体は慰めにも聞こえたが、リヴァルの表情は厳しかった。
「……うるせぇよ。かっこつけやがって」
いつものリヴァルなら、とっさにむなぐらを掴む勢いの言葉であるが、今回は軽く聞き流した。
「行こう、ルキアス。先を急いだ方がいいんだろ?」
「……ああ。そうだな」
「……カルノス。立てる?」
ニーナはカルノスの体を軽く揺らす。
肩に手を置いた時、確かに震えているのが分かった。
「……畜生……強くなりてぇ……」
「……カルノス……」
ニーナを守ると言っておきながら、自分の身を守る力すら持っていなかった自分に対する自己嫌悪。
力が欲しい。自分と他人を守れる力が。
カルノスの呟きは、リヴァルにもしかと届いていた。
リヴァルは、今のカルノスと四年前の自分を重ねる。
「……強くなりたけりゃ、それなりの修羅場くぐんないといけねぇんだ。こんな所でメソメソしてる暇なんかねぇんだよ」
――俺自身……そう育ってきたんだ。
「それが無理ってんなら、お前は今すぐ帰れ。それだけこの旅は危険なんだ」
それだけ言うと、ルキアスの後を追った。
「……リヴァル……」
ニーナはそう呟くと、視線をカルノスに戻した。
「……ありがと、姉ちゃん。俺もう大丈夫だから」
そう言ってカルノスは立ち上がる。
そして二人の後を追った。
「カルノス。走るのは止しなさい」
少し元気になったカルノスを見てホッとしたのか、彼女は微笑みながら三人を追いかけた。
続く
第八話へ
目次へ
第十話へ