―第六話―

初めて来た人へ
 王都カルーナに近づくと、暫く平野が続く。
 またそれが、カルーナに近づいていると言う証拠でもあった。
 カルーナ平野と呼ばれるその平野を進むと、四方を壁で囲まれた建造物が見えてくる。
 外部からの侵入を阻止する為に造られたそれは、高く、それでいて厚く造られていた。
「ついた。ここが王都カルーナだ」
 ルキアスは、やっとの思いで辿り着いた事に、胸を撫で下ろした。
 四方の壁にはそれぞれ一つずつ門があった。ルキアス達は、自分達のいる場所から一番近い門へと歩いていく。
 門にたどり着いたときルキアスは違和感を感じた。その違和感の正体は、門番の存在。
 普段からいない訳ではなかったが、最後に見た時よりも人数が増えており、厳重になっていた。
 無理も無い。既に一度、ブロルの人間を不法侵入させてしまったんだ。
「身分を証明できる物を提示してください」
 門番が、手に持つ槍を入口前でクロスさせ言った。
 ルキアスは生徒手帳を提示したが、リヴァルにはもちろん、そう言った類の物を持っていない。
 島では、腕もしくは頭に巻いたバンダナの色で、猟師や商人等と身分を分けていたが、それがこの国で通用するとは限らない。
 ルキアスが今までの経緯を詳しく話すが、所詮は子供の言う事。全く相手にはしない。
 それどころか、ルキアスまで入国を拒否されてしまった。
「なぜだ。ちゃんと生徒手帳を提示したろう」
「拉致被害者のリストに君の名があった。自力でここまで帰って来れる可能性は極めて低い。そう素直に信用は出来ない」
「だが実際ここに居る。それではダメなのか」
「ブロルの連中が変装している可能性も十分考えられる。悪いが、入国を許可するわけにはいかない」
 納得のいく事だった。返す言葉もない。
 だがここで引く訳には行かないのだ。なんだかんだで事は一刻を争う。
「……なら、今すぐここに源霊魔術学部教授のナータル=ボスティーノ氏を呼んでくれ。それまでここで大人しく待っていてやる」
「しかしだな……」
「しかしも何も無い。事は一刻を争うんだ。結果的に僕が僕本人でないのであればそれでいいだろう」
 ルキアスの目と言葉に、門番はたじろぐばかりだった。だがルキアスの必死の言葉に、門番はとうとう近くにいた兵士にナータルを呼んでくるよう指示を出した。
「そのナータルって奴、信用できるのか?」
 リヴァルは不安そうにルキアスの方を見た。
「心配はないと思うが……とにかく、今はここで待っているしかないな」
 やがて門の向こうから、ルキアスにとって懐かしい人の顔が現れた。
「ナータル教授!」
 今すぐ彼の元へ飛び出したかった。だがそれを、門番が食い止める。
 当のナータルも、久しく会っていなかったルキアスの顔を見て、顔を微かにほころばせた。
「無事だったか……ルキアス君」
「教授も元気そうでなにより――」
 だがそんなルキアスの言葉をさえぎるように、二人の間に門番が割って入ってきた。
「彼がまだルキアス=エアベル本人と決まった訳ではないんです。どうか確認の方を」
「……ああ。分かっている」
 そう言うとナータルは、白衣の胸ポケットから一枚の紙を取り出した。
「では、今から私がいくつかの質問をする。それに全て答えられたのであれば、彼は正真正銘のルキアス=エアベルである」
「その質問の内容とは?」
 門番は不思議そうにナータルに問う。
「全て源霊魔術学に関係する事柄だ。正確に答えられる人間は、源霊魔術学部の人間に限られる」
「その保証は?」
「まずこの情報は公にしていない。学長等へも未報告の物だ」
「……分かった。はじめろ」
 ナータルが言う質問の内容は、すべて常人には理解不能なほどの専門的なものだった。
 そんな質問を次々と繰り出すナータルもナータルだが、それに対し何一つ顔色を変えずに答えているルキアスもルキアスだった。
 五分ほどの時間がたった。とうとう耐え切れなくなった門番は、時間を忘れかけている二人を必死に止めた。
「……分かった。彼をルキアス=エアベル本人と認めよう。そして……」
 彼はリヴァルの方へ目を向けた。
「彼については、ルキアス=エアベルの証言を元に本人であるかを検討する。君の言っている事に嘘偽りはないな?」
「どうしても疑うのであれば、彼の住んでいた村の村長に問い合わせてみろ。間違った情報は一切ない」
 そう言い切るルキアス。門番は小さく溜息をつき、言った。
「……分かった。二人の入国を許可しよう」


 無事入国を済ませたルキアスとリヴァルは、石造りのメインストリートを並んで歩いた。
 まず最初に王への謁見。それがすむと、三人はカルーナ大学を目指した。
「……で、真面目な話し、何か収穫はあったのか?」
 その道中、ナータルは急に真顔になっていった。
「ええ。この国ではやってなかった、ブロル独自の観測記録を入手したんです」
「それで、やはり君の唱えた説は……」
「ほぼ間違いないと思いますが、プレニウム作用時に起こるスパークについて書かれていないので、こっちの記録でそれが観測されていれば……」
「そうか。だが、ピルバー効果については、まだ何にも解決していないのだろ?」
「ええ。長引かせる事で、向こうに何か得があるのかと考えたんですが……今だ何も……」
「……調べる必要があるな。いきなりだが大丈夫か?」
「平気です。一刻を争う状況で、おちおち休んではいられません」
「そうか。なら私も手伝おう」
 そうこうしている内に、三人はカルーナ大の前までやって来ていた。
 ナータルは、リヴァルにこの後どうするか聞いた。
「なんなら私の家に招待しようか?」
 だがリヴァルは、ナータルの言葉を拒否した。
「人ん家って苦手なんで……。それに、一応ルキアスのボディーガードみたいなのやってるから、何かあったとき、すぐ助けられるように近くにいたいから」
「そうか」
 するとナータルは、リヴァルを源霊魔術学部の部屋に招待した。
 資料等の紙で散らかっていたが広さは申し分なかった。他の学部に比べ人数が少ないとは言え、この広さは十分すぎるほどだった。
「そこのソファーに座っててくれ。私達は、隣の研究室にいってるから」
 言われるまま、リヴァルはソファーに座った。
 周りを見渡すと、壁に賞状が飾られていた。
 額に納まっているそれらのほとんどには、ルキアスの名が記されていた。
 ――やっぱすげぇんだな、あいつ。
 さすがのリヴァルも、感心せざるを得なかった。
 だが、そればかりを見ていたせいか、うとうとし始めた。
 リヴァルはソファーに横になる。
 いびきをかいて眠りにつくまで、そんなに時間は要らなかった。


 リヴァルは目を覚ました。
 もう既に午後四時を回っていて、部屋には自分しかいなかった。
「やべぇ。いつの間にか寝てたか」
 暫くボケェとしてると、ドアがバンと音を立てて開いた。
 部屋に入って来たのはルキアスだった。
「起きてたか。早速だが、会議室まで来てくれ。大事な話がある」
 起きて早々と言いたくなるように突然だった。
「起きたばかりで面倒くさいのは解るが、今後の活動に関わる大事な話しだ」
「……なんか発見できたのか?」
 リヴァルはルキアスに聞いた。
「まぁ、それもあるが、とにかく一大事だ」
 ルキアスの慌てように、リヴァルは右往左往になるばかりだった。
 会議室に行くと、中には既に、大学学長のマムナ、ナータル、そしてその他の学部の教授等が集まっていた。
「リヴァルはここに座っててくれ」
 ルキアスに言われた席は、ドアの近くに用意された特別席だった。
 ルキアスは教壇にのると、教卓に資料らしきものを置いた。
 会場にいる全員に、資料が行き渡っているか確認をとる。
 リヴァルには渡されていなかったが、リヴァル以外の出席者には、何枚かの紙を束ねた資料が行き渡っていた。
「ではルキアス君、始めてくれ」
 とマムナ学長。
 ルキアスは頷き、スライドのスイッチを入れる。
「長期に亘って研究を進めてきた、ローケス大陸の異常気象ですが、災い転じて福となすとでも言おうか、拉致されたおかげで研究は一気に進み、解決するまでに至りました」
 その詳細はと、一人の教授が聞いた。
「僕の唱えた学説に、ほぼ間違いはありません」
「ほぼ? まだ何かあるのか?」
「ええ。まだ何かが作用しているようです」
「それがピルバー効果か」
 ルキアスは頷き、続けた。
「僕の唱えた学説、『源霊活動変異説』を踏まえて、一連の事を説明しますので、二枚目の資料を見てください」
 そう言うのと同時に、スライドがうまく映るように、位置を調整した。
「この資料は?」
「これは、ブロルの気象観測記録から抜きとった資料です」
 ホワイトボードにも、その資料と同じものが、拡大されて映っている。
 横にのびた折れ線グラフのようなものだった。
「ご存知のとおり、通常時の源霊圧は六十一ハウルですが、ほぼ百年おきに、源霊圧が急激に上昇しているのがわかります。資料を見ると、約三.五倍の二一四ハウルとなっています」
「だがなぜイルバース現象が起こる? 我々にはこの資料ほど詳しい資料がなく、解らないままだったが……」
「それは、いくつものプレニウム作用が、ほぼ同時に起こるためだと言えます」
 「いくつもの?」と、出席者は声を揃える。
「『ある特定の源霊が……』と言う言葉から解るとは思いますが、この作用は、源霊に種類があるように、いくつかのパターンに分かれているんです。そしてそのパターンごとに、作用する時期が違うんです。しかし、一度作用し、再び作用するまでの時間も、パターンごとに違いがあるようです」
「なるほど。つまりイルバース現象は、すべてのパターンのプレニウム作用が同時に起こったため発生した、と言うわけだね」
「御理解が早く、ありがたい限りです」
 ルキアスは言う。
「しかし、プレニウム作用時には、スパークが起こるはずだろう」
「そのことに関しては、カルーナ大学の資料で確認済みです。異常気象発生時に、確かにスパークは起こっています」
「なるほど。異常気象の直接の原因は、プレニウム作用の同時発生によるイルバース現象、つまり君の唱えた学説と見て、ほぼ間違いは無いな」
 マムナが、少し微笑しながら言った。
「ええ。ほぼ間違いはありません」
 ルキアスや、他の出席者も、クスクスと笑う。
「ええ……さて。残るは異常気象を一年も長引かせているピルバー効果についてだが、何かわかった事は?」
 マムナが、会場全体の笑いを止め、言った。
「現時点では、ピルバー効果についての詳細は明らかになってはいません。ただ、あくまで仮説なのですが、もしブロルが、そのピルバー効果の原因を握ってるとなると、これは国際的な問題になりかねません」
 辺りがしんとなる。重々しい空気の中、さらに重たい口をルキアスは開けた。
「ブロル……いえ、二十五代目ブロル皇帝・ストリッジ=ギースは、歴史自体を変えようとしているのかもしれません」
 「何だって!?」と、ある教授は驚きの声を上げた。
 それがスイッチだったかのように、辺りがざわめく。
 そんな常識はずれの証言に、ウトウトしていたリヴァルも耳をかたむけた。
「歴史を変えるなんて……そんな事不可能だ!」
「落ち着いてください。まだ仮説の域を出ていません」
「しかし……」
「仮説ではありますが、百パーセント不可能とも言い切れないんです。説明しますので、五枚目の資料を見てください」
 ルキアスはそう言うと、スライドを調節し始めた。
「これは、異常気象が治まる瞬間の記録と、その前後です。異常気象が治まる時、実は通常時より源霊圧が下がっているんです。それもかなり急激に。グラフを見れば、それが事実か一目瞭然です」
 確かに折れ線グラフは、通常時よりも遥かに下回っていた。
「この瞬間に、ローケス大陸内部で空間圧縮を行えば、あるいは異なる時間同士をつなぐトンネルを造る事が出来るかもしれないんです」
「無理だ! そんな事!」
「ではあなたは、その実験を行った事があるんですか? 失敗した事を証明できる物をお持ちで?」
 その言葉に、その教授は言葉を失う。
「失敗したと言う事例が無い限り、それが不可能だと言い切ることは出来ません。もうすでにブロルは、空間圧縮による移動を、実戦投入しているんです」
「なるほどな。確かに、不可能では無いかもしれん」
「そんな……マムナ学長まで……」
「だが、仮にそうだとして、具体的な目的は何なんだ? 歴史を変えるといっても、いつ頃の歴史だ」
「恐らくは二大国戦争頃の歴史を変えるつもりでしょう。今の技術を持ってすれば、戦争の結果を覆す事が可能です。そうなれば、今のこの国は無く、ブロル帝国によって支配された世界になる」
「なるほど。向こうも頭を使ったな」
 ――……すべてはあの男だ。あの男がストリッジの側近として名乗り出たときから……。
 ルキアスは、心でそう呟いた。
「それを阻止する手立ては無いのか?」
「解りません。ただ、異常気象を早くに治める事が出来れば、その計画を、少なくとも百年近く先に延ばす事は可能です」
「出来るのか?」
 マムナはルキアスに問いかけるように言った。
「僕とナータル教授とで考えた事は、各源霊を束ねる精霊の力を借りる事です。元々は源霊が原因の異常気象。精霊に頼み、源霊の活動を落ち着かせれば、治める事は可能かと」
「なるほど。ある意味賭けのような可能性だが、君達源霊魔術学部らしい考えだ」
 マムナは、顔に笑みを浮かべて言った。
「すべてが君の言った通りとは限らない。が、あーだこーだと議論しているよりは、それが仮説であっても行動を起こすべきだな」
「では……」
 マムナは立ち上がり、言った。
「我々カルーナ大学は、君の行動を、全力を持ってバックアップしよう。金銭的な問題、人員的な問題は、私達に任せてくれ」
「全力を持ってと言っても、拉致被害者の事はどうするんです」
「それも僕等に任せてください。精霊はバレガン大陸にも存在しています。いずれ向こうにも立ち寄りますから、その時にでも」
「そんなに軽々しく言って大丈夫なのか? お前が殺されるかもしれないんだぞ」
「すでに二回ほど、そう言った場面に遭遇しています。それに、ブロルを脱走した際に、その事は覚悟の上です」
「拉致被害者が殺される事も……」
「恐らくその心配は無いでしょう。向こうは今、彼等の頭脳が一番必要な時期。そう易々と殺されはしません」
 だがそんな中、突然マムナは、二人を止めた。
「……さっき『僕等』と言わなかったか?」
 辺りが一瞬、しんとなった。
「ええ。彼、リヴァルにも手伝ってもらいます」
 何だってと一番驚いたのは、他でもないリヴァル自身だった。
「聞いてねぇぞ! そんな事!」
「言っただろ。『今後の活動に関わる大事な話』だと」
「でもよぉ……」
「お前言ったろ。『俺はルキアスのボディーガード』だと」
 次の瞬間、ついにリヴァルは言葉を失った。
「……と、言う訳でマムナ学長。人員的なバックアップは必要ありません」
「だが二人だけというのは……」
「特に心配要御無用かと。かたや大学一の源霊魔術師で、かたや村一番の猟師ですから」
 そこまで言うと、さすがのマムナも言葉を返せなかった。
 ただ、ルキアスの自信有りげな証言に、笑って答えるしかなかった。
「そうか。そこまで言うなら、君の言うとおりにしよう」
「ありがとうございます」
 その後、この場は解散になった。
 ルキアス、ナータル、リヴァルの三人は、一度教室へと足を運ぶ。
 その際ナータルが、明日家に来るように言った。
 そして教室の後片付けを済ませた後、ナータルは自宅に帰った。
 その後リヴァルとルキアスは、後片付けに疲れてしまったのか、教室で眠ってしまった。

 続く

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