―第五話―

初めて来た人へ
 レネス島から一番近い港町・エストル。
 ルーミナルで二番目に水揚げ量の多い事で有名な港町だ。
 大きな魚市場があり、常時新鮮な魚介類が店先に並んでいた。
「うまそうだな〜」
 リヴァルは、その新鮮な魚介類を見るたびにそう言った。
「お前の村にだって漁船があっただろ。新鮮な魚とか食べ放題じゃないのか?」
 ルキアスは、リヴァルの言葉に疑問を感じ聞いた。
「オレの場合、その日の分はその日に狩るって感じだから、金が無ぇんだよ」
「そうか。まぁ、カルーナでも食える。もう暫くの我慢だ」
 そう言って、馬車探しを始めた。
 カルーナは、エストルから馬車で四時間ほどの所にある。
 今すぐ行けば、今日中にはカルーナに着く。
 その事を説明すると、あれだけ愚痴をこぼしていたリヴァルも、ルキアスの意見に賛成した。
 適当に馬車を見つけ早速乗り込むと、カルーナへ向けて走り始めた。


 エストルを出て数キロの位置に、小高い丘がある。
 緑生い茂るわけでもなく殺風景だが、雲ひとつない晴天をバックにすると、いささか美しく見える。
「カレイサ中尉。例の馬車からの合図を確認。まっすぐこちらに向かってます」
「よぉし。わかった」
 カレイサと呼ばれた男は、微笑しながら言った。
「全員、作戦開始。変更は無い。ぬかるなよ」
 言い終えると、部下らしい兵士達が次々に丘を下った。軽く見積もっても、二十人は超す。
「中尉殿。私からもお願いします。くれぐれもぬかりの無いように」
「わかってますよ。ネイド殿」
「それと、気象観測記録の奪還のためなら、彼等の生死は問いませんから」
「ええ。どの道そのつもりです」
 そう言うと、カレイサも丘を下った。


 揺れる馬車の中で、リヴァルは外をずっと眺めていた。
 今まで居た場所とは違う、別世界の景色は、殺風景だが新鮮だった。
 うとうとしてきた頃、ふと、レネス島を思い出した。
 狩りをした森。少ない金を節約しながら買い物をした商店街。自分の生まれた家。友達と呼べる人達。全てが懐かしかった。
 まだ島を離れて二、三日しか経っていないのに、何故こんなに懐かしいのだろうと、疑問にも思うほどだった。
 ――少し寝るか……。
 リヴァルは目を瞑る。
 刹那、再びあの時の……あの日の惨劇が、フラッシュバックのように頭に浮かんだ。
 すぐに目を開ける。
 いやな予感がした。そしてすぐさま外を覗く。案の定、何かが馬車に向かって近づいてきた。予感は的中していた。
「ルキアス。本読むのやめろ」
 本人は、不思議そうにリヴァルを見た。
「お客さんだ。もっとも、歓迎しなきゃならないような奴等じゃねぇけどな」
 その直後、馬車が急に止まった。
 その衝撃で、リヴァルは向かいのシートに頭をぶつけた。
「鎧に刻まれているあの紋章……ブロルか……」
 ルキアスは、やはりと言わんばかりに言った。
 とにかく外に出ようとリヴァルは言う。
 だが間もなく、外の奴等から馬車から出るよう言われ、二人は外に出た。
「僕達に何のようだ」
「解っているくせに……。おとなしく、観測記録を返してもらうか」
 カレイサは、手を差し出しながら言った。
「どっちにしろ、僕達は殺されるんだろう?」
「そんな事はどうでもいい。さっさと渡せ」
「それは出来ないな」
 自身ありげにルキアスは言う。
 同時にリヴァルが剣を抜く。
「どうしてもってんなら、相手してやってもいいぜ」
 リヴァル自身、始めからその気だったらしい。
 ルキアスも構えた。
「御者さんは避難してください。ここは危険です」
 ルキアスは言う。だが、本人は避難しようとはしない。
「貴様等は誰に話しかけている」
「なに?」
「彼は我々の仲間だ。でなくば、今ここで貴様等とあえるはずがない」
「まんまと罠にはまったって訳か」
 リヴァルは舌打ちをする。
「解ったらのなら、さっさとするんだな。人間引き際が肝心だ。大体、貴様等ガキに、この人数を相手する事は不可能だ」
「まぁ、そこいらで追いかけっこして遊んでるようなガキには無理な話しだな」
「……何が言いたい」
 男は、リヴァルの言葉に反応した。
「こちとら、十年猟師やってんだ。戦いなれしてんだよ」
 それに続き、ルキアスも言った。
「僕自身、カルーナ大一の源霊魔術師と言われている。甘く見ないでもおう」
 二人とも、自信に満ちた笑みを浮かべる。
「そうか。なら遠慮は要らないな。構わん、やれ」
 次の瞬間、何十人もの兵士が、一斉に襲いかかってきた。
「どうする、ルキアス。相手は俺等を殺す気だ」
「いくら正当防衛であっても、今回は殺すな」
「あいよ、解った」
 リヴァルはそう言うと、敵の一撃目を交わす。そしてその後に続いていた兵士を蹴り飛ばした。
 その兵士を最初に、まるでドミノ倒しのように、後に続く兵士が倒れた。
 直後、最初に攻撃を仕掛けた兵士が、第二激を繰り出す。
 リヴァルは振り向きながら、その身体の回転を利用し兵士の剣を払いのけた。
「それでも兵士か! まだ獣の方が手強いぜ!」
 普段野生のモンスターと戦いなれているせいもあり、ある程度規則正しく攻撃を仕掛ける兵士の動きは、リヴァルにとって赤子同然だった。
 相手の攻撃を難なく交わし、素早く反撃をする。
 その動きは、ある意味野生的でもあった。
 一方のルキアスは、杖をかざし、詠唱をする。
 ヒュオッと風が吹く感じがしたかと思うと、兵士たちの剣が、次々に真っ二つになっていく。
「風は時折、どんな刃物よりも鋭い刃になる。一般に旋風と呼ばれる風がそれだ。それを自在に造り、操れるとしたら、貴様等の剣など持っていないに等しい」
 再び旋風が、兵士たちを襲う。
 今度は鎧にキズがついた。
「退け! 貴様等に勝ち目は無い! さもなくば死ぬ事になるぞ!」
 普通なら、こんな言葉で退くような肝の小さい兵士は居ない。
 だが、ルキアスの力は本物であり、事実だ。
 それを一番知っているのは、剣を壊され、鎧にまで深い傷を付けられた、兵士自身だ。
 ほとんどの兵士が、声を出して逃げていった。
 実にあっけなかった。
「所詮、口先だけの弱者か……」
 二人の活躍により、ほぼ全員の兵士が戦意を喪失した。
 残すはカレイサ一人。
「これでもまだ、戦うっつうのか?」
 リヴァルは挑発するように言う。
 するとカレイサは、静かに剣を抜いた。
「中尉ともあろうこの俺がここまでなめられたのは初めてだ。このまま引き下がる事などせん。このカレイサ自ら――」
 突然カレイサは喋るのを止め、耳についているイヤホンのような物に神経を集注させた。
「……どうやら勝負はお預けのようだ」
「なに!?」
 リヴァルは予想外の展開に、怒りを露にした。
「逃げんのか! なんか答えろ!」
 答える間もなく、カレイサは乗って来た馬で、丘の方に引き返した。
「くそ!」
「まぁなんにしても、これで先を急ぐ事が出来る」
「でもよ!」
「目的を第一にしろ。それに、どっちにしろ奴等は、また形成を立て直して襲ってくる」
 そう言うとルキアスは、さっさか歩き出した。
 リヴァルも、しぶしぶ歩き出す。
 その刹那だった。
 無数の刃が身体を刺すような幻覚がリヴァルを襲った。
「う、うわぁ!」
 思わず声をあげ、丘の方を向く。
「どうした」
「いや……別に……」
 ――なんなんだ……今の
 それは殺気だった。自分が死ぬ幻覚を見せ付けるほどの強力な。
 憎。恨。怒。忌。呪。滅。殺。怨……。
 ありとあらゆる負の感情からにじみ出る、負の感情の固まりのような殺気。
 今まで感じた事のある殺気の中でも、これほどまで強力な物はなかった。
 ――敵なのか……? もしそうだとしたら……
 リヴァルは向きなおし、ルキアスの後を追った。


「ネイド殿! なぜ撤退しなければならないんです! 私であればあんな子供程度――」
「少し落ち着いてください。カレイサ中尉」
「しかし!」
 ネイドは無線機で本国に報告をしているようだった。
 それに一息入れ、カレイサの方を向き、言った。
「あなたは敵の力量を見極められないような人間ですか?」
「今まで見極められなかった事はありません。仮にあったとしても、その後の行動は、自分で決める事ができます」
「なら今回が、初めての失態ですね」
「何故です」
 ネイドの言葉が、少しカレイサの癇に障った。
「あの子供、仮にもガルラを殺す事が出来た人間です」
「あのガルラを……ですか」
 カレイサは正直驚いていた。
 あの拘束室に閉じ込める為に、十数名の研究員が命を落とした程、ガルラは危険極まりなかった。
 そいつをあの少年達が殺した。あの少年達にはそれほどの実力がある。
 初めて耳にした事だった。
「まさか奴等が、その例の少年達だったとは……」
 するとネイドは、優しく微笑んだ。
「今回の事は、内容を少し変えて本国に報告します。失敗した事にはなるが、それほど重い罪は背負わなくてすむでしょう」
「すみません」
 カレイサは頭を下げる。
「しかし、逃げた部下は……」
「彼等は、この辺りで待機している部隊に拾わせましょう」
「では、私はこの後……」
「一度本国に戻り、待機していてください。部隊の編成は、あなたに任せます」
「解りました」
 そう言うと丘を下り、海岸線へと馬を走らせた。
「……ええ。カレイサの部隊は失敗に終わりました。……その件に関しては、まだ余裕がありそうです。……それは既に、十一部隊に一任してあります。……解りました。準備が出来次第、帰国します」
 すでにブロルは動き出していた。
 リヴァル達よりも、既に先の未来を垣間見ているのかもしれない。

 続く

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