「カルーナ大だって? すげ〜とこに行ってんだな」
そう言った後、大学の事あんましんねぇけどと付け加えた。
「で、その学生さんがなんでここに居んだ?」
ルキアスはしばらく黙っていた。その様子から察するに、きっと語りたくない事情でもあるだろう。そう諦めかけた時、ルキアスはやっと口を開いた。
「……このレポートを読んでみてくれ」
ビニール袋から取り出したのは、古びた本と一緒に入っていた紙の束だった。
リヴァルはそれを手にとる。
ルキアスは、上半身を起こし、かけ布団ごと枕もとの壁へと移動し、寄りかかった。
「……『ローケス大陸における異常気象に関するレポート』?」
「一年前、突如としてローケス大陸を異常気象が襲った」
「ローケスってーと、あの世界遺産の」
リヴァルの言葉に、「そうだ」と答える。
「世界遺産というだけの事もあり、大学全体でその原因を調査をする事になった。そのために集められたメンバーの中に、僕が居たんだ。最高責任者としてね」
リヴァルは、レポートをペラペラめくりながら、空返事をする。
「調査は順調だった。そしてその過程で、僕はある学説を唱えた」
「学説?」
リヴァルは聞き返す。
「『源霊活動変異説』。簡単に説明すればローケス大陸周辺に存在する源霊が、何らかの原因によって異常活動を開始したんじゃないかと言う事だ」
リヴァルは、まんまじゃんと突っ込み、続けた。
「ちょっとその前に一つ。源霊って何だ?」
「そんな事も知らないのか? お前は」
「悪かったな。知らなくて」
少し刺のある言葉に、リヴァルはムッとなった。
「源霊は、物質の源になる霊の事だ。世界中のいたる所に存在している」
「……ああ、なるほど。解ったぞ。お前、源霊魔術師だな」
だがルキアスはうなずいただけで、話を先に進めた。
「だが、その研究が始まって暫くし、研究員を含めたカルーナ大の三分の二近くの生徒が、ブロルに拉致される事件が発生したんだ」
「あ〜、それなら俺も知ってる」
その報せは、レネス島にも届いていた。それだけ、本土の方ではビッグニュースだったのだ。
「そしてその中に、僕も含まれて居た」
「……何ぃ!? じゃ、お前拉致被害者!?」
その言葉には、さすがのリヴァルも驚きを隠せなかった。
ルキアスは、微笑して続けた。
「だがむしろ、僕は喜んだんだ。世界には、ブロルにしか無い書物もたくさん存在する。研究の過程で、ルーミナルの全書物はほぼ読み尽くしてしまったから、もしかしたら、僕の学説を正当化してくれる書物が、ブロルに有るかもしれないとね」
「で、見つけたんだな。この本を」
「ああ。ブロルに居た学者達が残した、五百年前から今日に至るまでのローケス大陸の気象観測記録だ」
「気象観測記録?」
リヴァルは聞き返す。
「ローケスが異常気象に見舞われた回数は、この記録で見ると過去五回。最初に五九四年、次が六九九年、三回目が七九五年、四回目が八九八年、そしてつい最近の九九六年」
リヴァルは黙ってルキアスの話しを聞く。
「ローケス周辺の源霊圧は、通常時で六十一ハウルだ。だが、さっき述べた時期には、決まって源霊圧が上昇している」
「……よくわかんねー」
ルキアスは、そんなリヴァルの言葉を無視して続けた。
「源霊圧が局地的に急上昇する『イルバース現象』の原因を説明しようとすると、『プレニウム作用』と『ゴスウィウス周期運動』の二つがあげられるが、後者はそれを説明する学説が無く、今はプレニウム作用が一番支持されている」
「……お前……歳いくつだ?」
突然の変な質問に、ルキアスは一瞬戸惑うが、
「十八だ。それがどうかしたか?」
――……だめだ。学生と猟師じゃ頭の次元が違いすぎる。
リヴァルは頭をおさえる。
学問と言うものに触れた事の無いリヴァルには、ルキアスの言ってる事が呪文のようにしか聞こえない。
理解する前に――理解しようとする前に、頭がそれを拒絶してしまう。
ためになる話なのに、まるで病原菌のように、頭に入る事を脳みそ自身が拒む。
「ただ、プレニウム作用時には、その周辺にスパークがおこる事が解っているんだが、この記録には、その事についての事項が無く、カルーナ大学に行って過去の記録を調べなくてはならない」
「まて……プレニウム作用ってなんだ?」
「それも知らないのか?」
当たり前だろと突っ込もうとしたがやめた。話がややこしくなるからだ。
「プレニウム作用とは、ある特定の源霊がお互いに作用し合い、新しい源霊を生み出す作用。つまり、源霊の数が、増えると言う事だ」
「なるほど。プレ……何とかが突然すごい勢いで起きるから、源霊の数が急速に増えて、源霊圧が急速に上がるイルバ……何とかが起きるんだな」
「……まぁそんな所だ」
ルキアスは、ふぅと息を吐く。
「それで……そのスパークってのが起こっていたらどうなるんだ?」
「今までに起きた異常気象の原因であるイルバース現象は、プレニウム作用がもたらした現象であり、全てにおいて源霊の活動が関わる事になる……と、説明する事ができる」
リヴァルは、暫く考え込む。
解ったような、解らないような、微妙な所を行き来して出た言葉は結局、
「つまりどうゆう事なんだ?」
ルキアスは、はぁと溜め息をついた。
「本来一週間程度でおまる異常気象を一年も長引かせている事実を別として考えると、僕の唱えた学説がほぼ適中するという事だ」
暫くの沈黙の後、リヴァルが騒いだ。
「……す、すげぇな! それ!」
やっと解ったかとルキアスは呟く。
「確認の為、出来ればすぐにでも、カルーナに帰りたいんだが……」
「村長の許可が下りれば、連絡船に乗って本土に行ける」
リヴァルは、ふと窓の外を見た。
「まぁ、今日はもう遅いから、明日にでも村長んとこ行ってくっか」
外は既に黄昏時。
眩しいオレンジの灯火が、二人を照らしていた。
続く
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