初めて来た人へ

―第一話―


 リヴァルは、頭を押さえながら起き上がる。
 時計を見れば、まだ夜中の三時。
 背中は汗でびっしょりで、肩で息をしていた。
 ――また……あの夢……。
 心の中でそう呟く。
 あの時の悲劇。それが悪夢となって、リヴァルを襲った。
 ――……でも、なんで今頃……?
 ここ数年、夢さえろくに見る事が無かったのに、なぜ今頃あの夢を見るのか。
 ベッドをおり、家を出る。
 空の星は、満月の月明かりのせいで見えづらかった。それだけ、月が明るかった。
「じいちゃん……」
 輝くいくつかの星に、リヴァルは話しかけた。
「そこから教えてくんねぇ? 明日……晴れっかな?」
 夏なのにもかかわらず、冷たい風が吹いた。


 レネス島の密林は、狩の絶好のポイントだった。
 危険な動物やばかりで、一般の人間が入ってこないのが幸いしているのだろう。
 幼い頃から猟師として育てられたリヴァルにとって、その密林は庭のような物だった。
 朝の九時から三時間、すでに二匹の獣を狩った。
「こんなもんかな。上出来上出来」
 それを両手で持ちながら、密林を抜け、海岸を通って家に帰る。
 晴れた海岸には、波の音と潮風が満ちていた。
 その細波のリズムが、リヴァルの心を和ます。
 だが、まだあの時の、胸くそ悪い感覚は残っていた。
 口では表せる事の出来ない胸騒ぎがしてやまなかった。
 その時だ。ふとリヴァルの眼中に、人らしき物が映った。
 波打ち際に倒れている人間の服は、打ち寄せる波のリズムに沿って、かすかに動いていた。
 ――死体か?
 死体なら、村の連中と協力して供養すればそれですむが、もし生きていたら、それはそれで厄介だ。色々と面倒な事がおきる。それが世の常というもの。
 半ば死んでてくれと願いつつ、指先で体に触れる。
 そいつの指先が、ピクッと動いた。
 ――……もしかして……またあれが繰り返される……のか?
 だがほっとく訳にもいかず、リヴァルはそいつを担いだ。
 その時、トサッと砂浜に何かが落ちた。
 ビニールの袋に包まれ、密封されている1冊の本と、文字の書いてある紙の束。
 ――……こいつのか。まぁここに居んの、こいつと俺だけか。
 よくよく考えれば、自分はこんなの持ってないんだから、背中の少年の物に決まってる。
 リヴァルは拾い上げると、家へと直行した。


 倒れていた少年は、うっすらと目を開ける。
 焦点が定まった眼に映る辺りの景色は、見慣れない部屋の壁ばかりだった。
「……どこだ? ここ……」
「俺の家だ。心配すんな」
 そう呟いた後に、聞き覚えの無い声が返ってきた。だが、言葉から察するに、おそらく自分は、その声の主に助けられたのだろう。少年はそう思った。
「つーかこの本何? 全ッ然訳解んないんだけど」
「かっ、勝手に人の物を手に取るな!」
 少年はベッドから起き上がろうとする。だがそれを、リヴァルがとめた。
「お前の服、砂まみれだったから洗濯してっからさ、いまお前、パンツ一枚だからな」
 それを聞いた途端、少年は顔を赤くし、腰より下をふとんで隠した。
「それは大事なものだ。あまり触らないで欲しい」
「ああ。悪い」
 リヴァルは、さっきのビニール袋に戻し、少年に渡した。
「自己紹介遅れたな。俺リヴァル。リヴァル=シェルノア」
「……僕はルキアス=エアベル。カルーナ大学の学生だ」

 続く

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