―第三話―

初めて来た人へ
「――その後、レイロットの港から、近辺捜索用の小型ボートに乗り込み、行方が解らなくなりました」
「……くそッ! 役に立たん兵だな!」
 兵士の報告に、ギースはとてつもなく腹を立てていた。
「こうなったら、ルーミナルへ兵を派遣するしかないか」
「しかし、終戦を迎えてから、まだ四年しか経っていません。ここで向こうに兵を送れば、カルーナを刺激するだけ。未だに国力が不安定な我々が、楽に勝てる相手ではない」
 ネイドは言った。
「そんな事は解っている! だが他に方法が無い!」
「……必ずしも、その犯人がカルーナに帰ったとは限らない。裏をかいてまだこの大陸から抜けていない事も考えられる。もしくはどの大陸にも居ない。無人島に身を隠している。可能性で考えれば色々な考えが出て来るものですよ」
 ネイドの言葉に、ギースは言葉を失う。
「ここはまず、レネス島に狙いを定めてみては?」
「レネス島?」
「ええ。この大陸からも近く、ルーミナルから定期連絡船が出ている唯一の島。そこにいる可能性は極めて高い。仮にボートが横転し、海に投げ出されたとしても、海流の関係でレネス島に打ち上げられたかもしれない」
「なるほど。さすがはネイド!」
 だが、その言葉はネイドに届いていなかった。
 それどころか、何かいい策でも浮かんだかのように、不敵な笑みを浮かべた。
「皇帝陛下。後の事は全て、この私にお任せを」


 ギース皇帝の城には、キメラ製造の研究所が存在する。
 モンスターと人間の遺伝子を融合させ、戦闘能力を飛躍的且つ最大限に向上させた戦闘生物。
 だが、その研究に失敗は付き物だった。当然失敗作も存在する。
 それが暴れないように、研究所に隣接して造られたのが、拘束室。
 ネイドは、その内一つの部屋の前に立っていた。
 ひんやりとしたドアのカギが、音を立てて開く。
 中には一匹のキメラ。
 両手足をくさりで拘束され、足は地面から浮いている。
「……貴様か、ネイド……」
 猫のような鋭い眼球は、部屋の薄暗い明かりを反射させ、不気味な光沢を放っていた。
「今更なんのようだ? 失敗作の俺をここに閉じ込めた張本人さんよ」
「……確かにあなたは失敗作です。遺伝子の形状記憶が劣っているな……。だが私とて、使えない失敗作の所になど足を運びはしない」
「なに?」
 キメラは顔をあげる。
「そろそろ血に飢えたでしょう。好きなだけ狩ってきなさい」


 翌日、リヴァル達は村長の家へと向かった。
 ルーミナルへ行くには、島から出ている定期連絡船を利用すればいいのだが、それに乗るには村長の許可がいる。
 世間には知られてはいけない事をした訳でもないし、この島に、知れ渡ってはいけない事がある訳でもない。だが、なぜか島を出る事には厳しかった。
「もしかしたら、島から出れないかもしんないかんな」
 それを聞き、ルキアスは驚く。
「な、なんで」
「そういう人なんだ。村長は」
 ルキアスは、一抹の不安を胸に抱き、リヴァルの後に続いた。
 今年喜寿を迎えた村長は、物分かりのよさそうな人間だった。
 ルキアスも、安心して、すべての事を話す事が出来た。
「――てな訳なんだ。ルーミナルへ帰してあげてよ」
 村長は少し悩みこむ。
 別に悩むような問題では無い。元々ルキアスはこの島の人間では無いわけだから、今すぐにでも帰せるはずだ。
 となると、悩んでいるわけは、ルキアスの世話をしていたリヴァルに対する処分。
 このまま島に残すか、それとも追い出すか。
 村長にとっては、厳しい選択だった。
「……とりあえず、ルキアス君に関しては、明日の連絡船へ乗船する事を許可する」
「ほ、ホントすか!」
 リヴァルとルキアスは、満面の笑みを浮かべた。
「そしてリヴァル。お前も、その船でこの島から出てもらう」
 瞬間、笑みは驚きへと変わり、辺りは沈黙した。
「……な、なぜ? 彼は関係無いじゃ――」
「大いに関係がある」
 ルキアスの発言をさえぎり、村長はそう言い切る。
「リヴァルが君を発見した時、『助ける』と『ほおっておく』の二つの選択肢があった筈だ。だがリヴァルは、『助ける』を選び、今に至っている」
「それが何なんですか! 人を助けるのは当然の事じゃないですか!」
 リヴァルに代わり、ルキアスは怒鳴る。
「その『当然』が原因で、この村は一時崩壊してしまった」
 うつむくリヴァルも、ピクッと体を動かす。
「リヴァル。お前だって、あの悲劇を繰り返したくは無いだろう」
「ブロルに追われているのは僕だけです! リヴァルが追われる理由なんて……」
 言葉が見つからなかった。
 無理も無い。全く予想外の展開なのだから。
「……あの事件から四年か……。もうそろそろ良い素材が出来上がってくる頃だろう」
「良い……素材?」
 ルキアスの言葉の後、静かにしていたリヴァルが、テーブルを殴った。
 そこを中心に、テーブルは二つに分かれ、壊れた。
「いいかげんにしろ、村長。昔の事は関係無ェだろ」
 ガラス製のテーブルを壊したせいで、手には破片が刺さっていた。
 ポタポタと血が流れているが、本人は気付いていない。
 いや、気付いてはいるのかもしれない。だが、痛いとは思っていないようだった。
「良い素材だァ? お前は……村の人間をそんな風に思ってるのか?」
 だが村長には、答える気は無かった。むろん、うろたえてもいない。
 リヴァルは舌打ちをし、家を出た。
「……あんたみてェな奴が村長やってる所なんか、こっちから願い下げだ」
 残された二人は、去ってゆくリヴァルをただ見ているだけだった。
「……何をしている。早く身支度でも整えに行きなさい」
 その言葉に、さすがのルキアスも、怒りをあらわにした。
「あなたはこの村の長である筈だ。村民は、長の信頼のもと暮らしている。その長が、いずれ起こりうる災害を恐れ、それ故に村民であるリヴァルを追い出して……そんな事で長が勤まるとでも思ったか? 『カルーナ民法第十七条 市町村の長は、例えその土地の為であっても、己のみの考えで住民の人権を侵してはならない』。あなたのやった事は立派な犯罪である事を、その生きるだけで精一杯の脳みその中に、叩き込んでおけ!」
 そう吐き捨てると、リヴァルの後を追うように、屋敷を出て行った。


 誰もいない、ただ波の打ち寄せる音しか聞こえない砂浜を、リヴァルは歩いていた。
 そして、その後を追うように、ルキアスも歩く。
 重苦しい空気が、辺りに充満していた。
 突発的にあんな事を言ったあげく、逃げるように屋敷を出て行ってしまった。
 良い素材。村長のあの言葉が、妙に耳に残った。
 そして、リヴァルのあの怒りよう。ただ事ではなかった。
 何から話せばいいんだ。ルキアスは途惑い続ける。
「リヴァル……」
 名前を呼ぶので精一杯だった。続く言葉が出ない。
 突然、リヴァルは足を止め、沖のほうを向く。
「?」
 次の瞬間、リヴァルは、鼓膜が破れんばかりの大声で、海に向って叫んだ。
「……あ〜。すっきりした」
 叫び終えると、そう言ってルキアスの方を向く。
「さっさと準備しようぜ」
「準備って……」
 あまりに突然の展開に、再びルキアスは途惑う。
「明日の連絡船で行くんだろ? 早めに準備しとかなきゃ」
「お前はどうするんだ?」
「出てけって言われたら出て行くっきゃねぇだろ? この島にも飽きてきたしな。島の外を見て回りたかったんだ」
 微笑しながら、リヴァルは言った。
「行こうぜ。一緒に」
「……ああ。もちろんだ」
 ルキアスにも、笑みが戻った。
 と、その時だ。
 突然、一瞬だが強い風が吹いた。
「なんだ?」
 背中を押されるような感じの風だったせいか、二人は後ろを向く。
 何も無い……かのように思えた。
「風……? 砂が舞ってる」
 小さな竜巻のような風が、砂を空中に飛ばしていた。
「これは……風源霊によるものじゃない。源霊密度が急激に下がって起こる現象だ」
 ルキアスは解説するが、それだけじゃ説明できないような何かを、リヴァルは感じとっていた。
 一種の憎悪のような、殺気のような……とにかく、何か危険な物が近づいているのを、本能で感じとっていた。
「……なんか……来るぞ」
 リヴァルは呟いた。
 次の瞬間、突然空中から腕が生えてきた。
 それは、空気のふちをつかむと、体を引っ張るように腕を伸ばした。
「なッ! 人が生えてきた!」
 リヴァルは叫ぶ。
「……やはり空間圧縮……ブロルの追っ手か。意外と早かったな」
「追っ手だと!?」
 リヴァルは剣を抜き、構える。
 生えてきた男の足が、トサッと地面につく。
 背はリヴァルよりも少し高い程度。
 体格はしっかりしている。
 男は顔を上げると、ルキアスとリヴァルの顔を確認し、言った。
 意外と、顔は整っている。
「写真の顔と同じ……てめぇがルキアスだな」
「そうだと言ったら?」
「無許可出国、及び窃盗により、第一級犯罪者と見なし死刑。これが皇帝陛下の下した審判だ」
 ルキアスの表情が険しくなった。しかし、
「そっちが拉致っといて、な〜にが無許可出国だよ。悪ぃの全部そっちじゃん」
 突然リヴァルが口を開く。
「窃盗ってのは納得いくけど、死刑はやり過ぎだぜ」
「……誰だ? てめぇは」
 男はリヴァルの存在に気付き、言った。
「俺はリヴァル。こいつの所謂ガードマンだ」
 そう言いきる。
 いつの間にガードマンになったか、ルキアス自身解らなかったが、リヴァルがそう言い切ってしまったから仕方が無い。
 ルキアスもその話しに合わせる。
「どした? だんまりか? それとも怖気付いたか?」
 リヴァルはからかうように言った。
「……犯罪者をかばったんだな? てめぇも同罪っつー事で処刑されるぞ?」
 男は言った。
「言い直すなら今のう――」
「誰に処刑されんだ? まさかお前にか?」
「……は?」
 男は眼をとばす。
 リヴァルはさらに続けた。
「逆々。お前が俺等に殺されんだよ」
 暫く、辺りを沈黙が支配した。
 自分でもすごい事を言ってしまったと考えながら、苦笑いをする。
 冷や汗が、静かに流れた。
「……OK! てめぇも処刑だ! それも、いの一番にな!」
「ハッ。そうこなくっちゃ」
 二人は構える。
「リヴァル……いいのか?」
 ルキアスは心配そうに言う。だが、
「大丈夫だって。猟師の腕をなめんなよ」
 そう言って走り出した。

 続く

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