翌日、まだ首が痛む中、リヴァルはしぶしぶベッドから起き上がった。
部屋の外からは、シーホークの呼ぶ声が聞こえてきた。
その日一日の食事当番は、ふだんはリヴァルとシーホークが交互に行っていた。ウィーグルが厄介になり始めてからは、三人で交互に行うことになった。今日はウィーグルの日だった。ハムエッグにソーセージ、サラダとトースト。以外にも、しっかりとした朝食だった。
「男のくせして、こういう作業は割りと得意なんですよ」
とウィーグルは照れ臭そうに笑った。
食事が終わると三十分ほど時間を取り、その後早速狩りへ出かけた。いつもの様に三人に別れ狩りをした。今日のリヴァルの成果は仔ベア一頭だった。
狩りが終わり海岸で落ち合う。そして、狩った獲物を担いで帰ろうとするシーホークに簡単に理由を話し、リヴァルとウィーグルはそこに残った。
「あまり遅くならないうちに帰って来いよ」
シーホークは、自分が狩ったベア一頭、ウィーグルが狩った仔鹿一匹、そしてリヴァルが狩った仔ベア一頭を器用に担ぎ言った。
シーホークを見送った後二人はひとまず砂浜に座り、ウィーグルに自分の剣について色々と話した。
我流ではあるがそれなりに型はあるらしく、それらを簡単に彼に教え込む。最初はめんどくさそうにしていたリヴァルだったが、実際に体を動かし始めるとすぐにコツを掴み、その日教え込もうと考えていた以上の事を覚えていった。
なるほど、確かに彼は優秀だった。頭で理解しているかどうかはとりあえず置いておくとしても、体で覚えるそのスピードは計り知れなかった。
とりあえず、体が覚えてしまえばあとは自然に頭にその知識が集まってくる。リヴァルのような行動派の人間はたいていがそう言った学習スタイルをしている。
大体の型を体で覚えた後は、密林の、できるだけ頑丈そうな大木を使って練習をした。木に傷が一つできる度に、辺りには木の香りが漂った。型その物はちゃんと出来上がってはいるが、だからと言ってそれだけで良い訳では無い。その型で攻撃をした時、狙いが正確でなけでば完全に使いこなせたとは言えないし、型本来の力を出し切れているとも言えない。
その型で剣を何度も振り、できる傷の数が完全に一箇所に集まるようになるまで、ひたすら素振りを繰り返す。単純且つ安易だが故に基本且つ根本の部分を築くには持って来いの方法でもあった。
夕暮れ時までそれを続けると家に帰った。その時点でリヴァルは既にヘトヘトになっていた。
「だらしないな」
とシーホークは茶化すように言った。
ソファーに寝そべっていたリヴァルは、そんな彼を睨みつけた。
シーホークのそんな態度も手伝ってか、リヴァルはさらに稽古に励むようになった。体の疲労は気合でカバー。だが適度に休憩を入れつつ、ウィーグルの剣を学んでいった。
そんな生活がひたすら続き、早一ヶ月が過ぎた。稽古をする内に体力もつき、狩りをした後全力で稽古に励んでも体力があまるぐらい、リヴァルは以前にも増してたくましくなって居た。
そして同時に、稽古の方も一段落ち着いた。ウィーグルが教え込んだ型を、リヴァルはそれなりに使いこなせる様になった。
その後の稽古は、ウィーグルと軽い手合わせをしつつ、型の応用技の習得が中心だった。
なぜ手合わせしつつなのか。応用技はその方が習得しやすいからである。
それに、型を元に手取り足取り教えられた技はなかなか身につかない。だが、一度くらってそこから学び取った物こそいざと言う時に役に立つと、ウィーグルは言う。
ウィーグルの期待通り、最初は応用技をくらってばかりだったが、その技を上手く返し、そして自分もその技を繰り出せるようになった。自分の出す技の弱点を知っているかどうかと言う事も、勝敗を分ける要因になる。
リヴァルは、技の繰り出し方と弱点を同時に学んだ。つまりそれは、彼が素晴らしい剣の使いに育った事と同じ意味である。
その事実にリヴァルは喜んだ。
リヴァルにとってウィーグルは、もう一人の師匠にして尊敬する人、そして目標になっていた。
リヴァルとウィーグルは、お互いに剣代わりの木刀を構え、向かい合った。海岸には二人しかいない。その緊迫した様子は、時が経つのさえ忘れてしまいそうだった。
「いいか? 行くぞリヴァル」
ウィーグルの声に、リヴァルは小さく頷いた。
瞬間、ウィーグルは走った。間合いをどんどん詰めていく。
ウィーグルの振り下ろした木刀をリヴァルは紙一重で交わす。が、横に倒したリヴァルの木刀はウィーグルの木刀と交差した。
だがそれは狙った上での結果だった。ウィーグルの木刀の下にある状態のリヴァルの木刀は、何の抵抗もなく、すべる様にウィーグルの腰の辺りへ向かった。
だがウィーグルは、木刀を砂浜に突き立て柄に手を添えると、そこを力点にして体を逆立ちのように回転させ、リヴァルの攻撃を何とかかわした。
ウィーグルはすぐに木刀を取り振り返りつつ振った。リヴァルも全く同じ行動をとっていた。二人の木刀は音を立て交差する。
今二人の中に、友情だとか師弟だとか、そう言った感情は一切なかった。形式はどうであれこうして戦っている。それだけで、お互いを敵として接する理由に十分なった。
リヴァルは弾かれた。力負けしてしまったのだ。歳の差によって生まれる力その物は、結局どうにもならなかった。
ウィーグルは突きを繰り出す。だがリヴァルは体を回転させ避ける。そしてその回転の力を木刀に込め、一気にカウンターを仕掛けた。
だが完全に読まれていた。ウィーグルはとっさに姿勢を低くしやり過ごす。そして二撃目が繰り出される前に間合いを取った。
再び構え、しばらくにらみ合いが続く。細波の音が引っ切り無しに響いていた。その空間の中で二人は肩で息をしながら、お互いの出方を待った。
先に動いたのはウィーグルだった。第一撃目同様、単純に切落の構えだった。だが実際は、その重さもスピードも、一撃目とは似て非なる物だった。
――速ぇ!
リヴァルはとっさに、ウィーグルから見て左へ大きく避けた。だがそれこそ、何を隠そうウィーグルの狙いだった。
彼の木刀は地面に落ちる事無く、急に逆胴へと変化した。
「もらったッ!」
木刀は何の抵抗も受けず、リヴァルの胴に入った。鈍い音が響く。
リヴァルの体は力を失い地面に沈んだ。無我夢中になっていたウィーグルはフッと我に帰り、リヴァルの傍へ急いだ。
「大丈夫か」
「ああ。平気」
とは言え、普通の木刀よりも何倍も重く、そして固く作ったオリジナルの木刀をモロにくらったのだ。言葉ではそういうが、大丈夫なはずは無かった。
「けど、やっぱすげぇや」
砂浜に寝っ転がるとリヴァルは言った。
「全然予想できなかった。あの横薙ぎ」
「俺も夢中になり過ぎていたな。リヴァルは強い」
「へへ。サンキュ」
ウィーグルもリヴァルに習い寝っ転がる。細波のBGMと疲れとが重なって、急に眠気が襲ってきた。
小さく溜め息をついた時だ。隣でいびきの様な物が聞こえてきた。顔を横にする。そこには、リヴァルの気持ち良さそうな寝顔があった。
それを見ていると、なぜだか心が和んだ。ウィーグルは再び小さい溜め息をつくと、目をつむった。
規則正しい細波の音が響く。軽やかなその音はいつしか体の一つとなり、音その物は全く気にならなくなっていた。
心地いい音。そして静かだった。
ウィーグルが島に着てからだいぶ月日が経った。
例年よりも『荒れ』は長く続き、ウィーグルは島に滞在せざるを得なくなった。
だがここ数ヶ月の行動のおかげで、ウィーグルは、最初は疑っていたシーホーク本人から「ここに住まないか」と誘われるほど、島の住人の一人として認められていた。
この際だから、このままここに住まう事も少しは考えた。だがウィーグルには、ここに居れない事情があった。
ウィーグル自身この島は好きだし、出切る事ならここで静かな生活を営んでいきたいと思っている。
だが、好きな島だからこそ危害を加えたくない。そういう考えも大きくなっていた。
とは言え、ウィーグルが島を離れるのはまだ先の話だ。ウィーグルはこのまましばらく島に滞在し、近いうちに行われる収穫祭への出席を決めていた。
収穫祭を翌日に控えたその日も、いつもの様に稽古をした。
稽古が終わった後、二人で島の岬へ来ていた。夕日が綺麗だった。細波のBGMにオレンジと白で彩られた景色。
太陽が沈むにつれその色は濃さを増し、オレンジが黄丹、そして丹色へと変化していった。
ふく潮風に身をゆだねているリヴァルの耳に、口笛の音が聞こえてきた。
曲調はどこか物悲しかった。そして、初めて聞くメロディーだった。
「ウィーグルって口笛吹けるの?」
「ああ。リヴァルは吹けないのか?」
そう言われ、リヴァルは必死に口笛を吹こうとする。だが、風が抜けるような間抜けな音しかしなかった。
リヴァルは、口笛を吹くのが苦手だったのだ。
「な? 全然ダメだろ?」
「練習すればすぐ吹けるさ」
そう微笑んだ。
「俺の親父は、俺に吹き方を教わったぐらいだ」
「マジで?」
リヴァルも微笑した。
ウィーグルは水平線の方へ向き直ると、再び口笛を吹き始めた。リヴァルはその様子をずっと横で見ていた。
曲調と同様に、どこか物悲しそうな雰囲気。それが西日の光を浴び、さらに強調させる。
「何て曲なんだ?」
ずっと気になっていた事をリヴァルは聞く。
「名前は特に無い。俺のオリジナルだ」
「それが?」
「そう、これが」
すごいと感心する傍ら、どこか寂しくなった。
彼に対する意識が変わったからだろうか。とにかく、作った曲の曲調が悲しい事の意味が、なんとなくと言うレベルではあるが感じ取れたからなのかもしれない。
「吹き方教えてよ」
リヴァルは言った。
「俺がか?」
「他に誰が居んの」
と言い、微笑するリヴァル。
「分かった」
ウィーグルも微笑んだ。
「これを、俺とリヴァルしか知らない曲にしよう」
続く
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