―第二十一話―

初めて来た人へ
 長い航海の末辿り着いたもう一つの大陸・バレガン大陸。
 地質、気候。ともにルーミナルとは異なった環境だ。
 首都は帝都ブロル。今は二十五代目皇帝・ストリッジ=ギースが国を治めている。
 だが彼の政治は独裁的なもので、力によって生み出された恐怖による恐怖政治だった。
 まさに国自体が弱肉強食。
 カルーナとは相反する帝国主義国家だった。
 五十年前に勃発し四十三年間にもわたって続いた二大国戦争も、ストリッジの父にあたる二十四代目皇帝・ヘヴンスが、自国の領土拡大のためルーミナルに兵を送ったのがきっかけだった。
 戦争は結局カルーナ側の勝利に終わったが、ヘヴンスの意思はストリッジに受け継がれ、そして彼は歴史その物を変えようと言う前代未聞の策を思いつくのだった。
 そんな折、まるでその時を待っていたかのように姿を見せたネイド。
 そして彼がやって来て二年後に、レネス島で起きた事件。
 ルキアスを含むカルーナ大学生の拉致事件。
 水面下で準備の進められていた一連の計画が、本格的に実行される日は近い。
 それを阻止すべく行動を起こすルキアス一行。
 リヴァルは一番に船を降り、ポンペノの地面を踏む。
「着いた〜!!」
 そう叫んで伸びをする。
 やけに目立つらしく、周りの人間の視線は彼に集中していた。
 その為、後から降りて来たルキアスに杖で殴られた。
 一通りポンペノを見て回ると、適当に宿を選びチェックインした。
 外面はレンガ、部屋の中はフローリングと、なかなか高級そうな宿だったが、見た目ほどの宿代は取られなかった。
 部屋の中は、ベッドと小さなテーブル、小さなクローゼット以外家具らしい家具は見当たらなかった。
 だが、ウォーターベッドは人一人ではもったいない位広めに作られていて、その感触と言い寝心地と言い、船の客室の物とは比べ物にならなかった。
 もっとも、船は商船であって客船では無い。
 実際、あまっている船員用の部屋を客室として貸してくれただけでも贅沢と言う物だった。
 リヴァルはそのベッドの感触を味わっている最中、果たして長旅の疲れなのか単にはしゃぎ疲れただけのかは知らないが、大きくいびきをかいて眠ってしまった。
 あまりのいびきの大きさに、ルキアスは耐えかねて外を散歩する事にし、部屋を出た。
 カルノスもその大きさにウンザリしたが、自分は人の事を言えたほどの身分では無いため、部屋にいる事にした。
 だがそのうるささには参ってしまうので、気を紛らわす為軽い筋トレを始めた。


 ――何もする事がないな〜
 ニーナは部屋の窓から外を眺めながら、小さく溜め息をついた。
 出かける理由も、買いたい物も何も無い。
 無駄な出費も、先の事を考えると極力避けた方が良い。
 お年頃の女の子としては、少々物足りなさの残る午後のひと時。
 日は西に傾きつつあるが、時間的にはまだ夕方と呼ぶには早い方だった。
 しばらくそうして外を眺めていると、後ろの方で金属音のような物が鳴り出した。
 不思議に思い振り向く。
 シュリアが部屋のテーブルの上に紙を敷き、その上に何かの部品を乗せていた。
「何してるの?」
 それに興味を示したニーナは、シュリアの隣に寄ってきた。
「ん?」
 シュリアは一瞬振り向くが、すぐ元の方に目を落とした。
「それ、銃?」
「うん。銃の手入れ。最近してなかったから」
 そう言いながら、慣れた手つきで次々を銃を分解していった。
 銃の構造は一見すると単純そうだが、細かい部品がとにかく多い。
 見ているだけで、ニーナの頭はグルグルと回りだしてしまった。
「どこをどうすれば組み立てられるか、ちゃんと分かるんだ。すごいね」
 ニーナは素直にそう思った。
「お父さんのやってるのを見よう見まねでやったら出きるようになってた」
「そうなんだ」
「……変……って思わないの?」
 シュリアはその手を一瞬止め、ニーナの方を見た。
 その時ニーナは微笑していた。
「そう思ってもらいたかった?」
「……ううん」
 シュリアは微笑しながら首を横に振った。
「でもシュリアはやる事があって良いな」
「ニーナは何も無いの?」
「怪我人が居ないかぎり何も出来ないから」
 と言って、手をひらひらと振った。
「それはそれでいい事だし、たまにはそれも良いんじゃないかな」
 シュリアは相変わらず銃の方を見ていた。
「最近ニーナ忙しかったから……たまの休日ぐらいゆっくりするのも良いと思うよ」
 だが彼女は微笑していた。
 それを見たニーナも、また微笑した。
「うん。そうする」
 相変わらず外は、ほんの少しオレンジ色を帯びた光で一杯だった。


「諜報部隊からの報告によると、本日一五〇六、ルキアス一行がポンペノ港に到着。一五一四、港から百メートルほどの所にあるホテルにチェックインした、との事です」
 キメラ研究所内で指導に当たっていたネイドの元に、城の諜報部員からの報告があった。
 ネイドの周りには、他に五人の人間がいる。
 体格や年格好はそれぞれだが、その中に、ブロウスの姿があった。
「頃合を見計らって、ウィーグルに行動を起こすよう伝えてください」
 ネイドはそれだけ言うと、その諜報部員を帰した。
「おい、ネイド」
 その五人のうちの一人が言った。
「その一行、ウィーグルに全員殺らせる気か?」
「何か支障でも? カイ」
 と、ネイドは微笑を浮かべながら言った。
 それを見たとたん、カイは舌打ちをし視線を落とした。
「それはそれとして、我々を招集した理由は何なのですか?」
 もう一人の男が言った。
「これから私の護衛として働いてもらいます。外に出る用事が出来たのでね」
「護衛なんて必要無ぇクセに……」
 カイはボソッと呟いた。
 それに対し、先ほどの男が声を荒らげた。
「少し口を慎め、カイ」
「ヘイヘイ。分かりましたよ。マックスおじさん」
 と、カイは少し癪にさわる言葉を返した。
「……それで? どこへ行くの?」
 五人の中で、唯一の少年が言った。
「最初はショーベルネット、次にボロベルニアへ行く予定です」
「え〜? ボロベルニアに行くの〜? あそこ寒いんだもん」
 と、少年は駄々をこねた。
 なんとも場違いな態度ではあるが、ネイドに対して敬語を使わない事を考えると、地位的なものは相当高いようだ。
「大丈夫ですよ、プライダース。向こうに行けば温かいスープが待ってますから」
 だがプライダースは、まだ頬を膨らませていた。
「まだまだ子供ですね」
「子供言うな!」
 だが、ネイドの微笑をみていると、だんだん自分が情けなく感じてきたのだろう。
 やがてプライダースは、一回深呼吸をし、いつもの落ち着きをとりもどした。
「……分かったよ」
 そう言い、照れ隠しの様に頭をポリポリとかく。
「俺だって五芒星将軍の一人だし……護衛の任、引き受けるよ」
 それを聞くと、ネイドは小さく頷いた。
「それでは……参りましょうか」


 宿は街を一望できる高台の上に立っていた。
 そのため宿の出入り口を出てすぐの所からは、夕焼けでオレンジ色に染まる街を眺める事が出来た。
 部屋の窓を隔てて見るにはもったいない風景なので、ニーナはそれを外に出て眺めた。
 街の先には赤い海が、静かに佇んでいるように見えた。
 水平線のかなたからは潮風が流れてきて、彼女の髪をなびかせた。
 その風を全身に受け、大きく深呼吸する。
「……気持ち良い……」
 そこから見下ろす街には、夕暮れ時らしい活気があふれていた。
 店先は買い物客で賑わい、その間を掻い潜るように、家路を急ぐ子供たちがいた。
 出切る事なら、カルーナとブロルの両国が共に手を取り合い、こんな風景が毎日続く平和な世の中になってほしいのだが……。
 可能性が無い訳では無いが望み薄であると言う現実に、この風景には似つかない溜め息がこぼれた。
「幸せが一つ」
 背後から突然聞こえた声に、ニーナは一瞬驚き、振り向いた。
「こんな綺麗な風景見れんのもそう多くねぇんだからよ。しっかり目に焼き付けなよ」
 そこに居たのはリヴァルだった。
「溜め息なんて持っての他だ。幸せが一つ逃げるぞ?」
「なんかそのセリフ、リヴァルらしくないよ」
 と、彼女はクスクスと笑った。
「余計なお世話だ」
 自分で言っておきながら、恥ずかしさのあまり照れ笑いを浮かべた。
 彼女の隣に並び、彼女の目に映る景色を自分も眺めてみた。
 だが急に眠気が襲い大きなあくびをした。
 そのあくびが西日の中へ吸い込まれ消えた時、ニーナはまた小さく笑った。
「もしかして寝てた?」
「ベッドが気持ちよくてついな」
「そう言う所はリヴァルらしいや」
「……あのな」
 と、苛立たせた表情をしたが、本心まで苛立っている様子はなかった。
「……ねぇ、リヴァル」
 彼女は目の前の空間に視線を固定したまま言った。
「ん?」
 リヴァルも、彼女同様景色を眺めたまま言った。
「前……カルーナを出る時、自分には帰る場所がないって言ったよね」
「ああ。言った」
「それで私、無いなら作れば良いって言ったよね」
「言ったね」
「……見つかった? って言うか、作れた?」
「帰る場所を?」
 リヴァルはとうとう、彼女の方に振り向いた。
 その時彼女は視線を街に固定したままだったが、すぐに振り向き頷いた。
「……まだ微妙」
 そう言った後、間髪入れずに続けた。
「でも作れる気がする。見つけられる気がする。皆と一緒なら……」
 皆と一緒だと、不思議な安心感が生まれた。
 それは『仲間』と言う言葉や状況が生み出した魔術なのか、それとも『仲間』と言うカテゴリーの中の存在が、互いに作用しあって生まれたある種の感情なのか、定かでは無い。
 だが、その安心感が自分を少しずつ変えて行っている。
 それは確かな事だった。
 その中でなら、きっと作り出せる。見つけ出せる。自分の帰る場所を。
 あるいは気づかないだけで、もうすぐそこにそれはあるのかもしれない。
 そう思えずには居られない、彼女の微笑み。
 カルーナを出たときに感じた、心の和みが再び。
「……お取り込み中申し訳ねぇが……」
 突然どこからか、聞いた事の無い声が響いた。
 リヴァルはとっさに背後へ振り向く。
 そこに立っていた男は、長身の長髪だった。
 西日のせいで赤みを帯びていた髪の本来の色は白。整った顔立ちと併合して見ると、そこそこの美形だった。
 だが言葉遣いはそのイメージとは大きく異なっていた。
 既に鞘から抜かれた剣。そこに映る光は血の様にも思えた。
 気配も殺気も全く感じる事が出来ない。
 だがだからこそ不気味だった。
 その瞬間、男は無言無音で間合いを詰めてきた。
 ――こいつ……!!
 素早く剣を抜き、男の剣を防いだ。
 ――……速ぇ!!
「てめぇ……ブロルだな?」
 リヴァルの言葉に、一番驚いたのはニーナだった。
「ここってカルーナ領土でしょ。なんでそこにブロルが……」
「カルーナ領土だけどバレガン大陸は元々向こうの土地だ。攻めてきても不思議じゃねぇ」
 リヴァルは剣を払うと、ニーナの前まで戻り構えた。
「もっとも、あいつ等の事だ。ハナからそう油断させて攻め込むつもりだった。違うか?」
「はっ。お見通しって訳か」
「お前らのしそうな事だ」
 しばらくの沈黙。
 それは一陣の風によって終わりを告げる。
 リヴァルと男、両者は次の瞬間互いに間合いをつめ、剣を交えた。
 交えては払い、また交える。
 五回ほどそれが繰り返され、リヴァルは相手の動きを次第に理解し始めた。
 と同時に、どこか懐かしさを感じていた。昔自分は、この男と何度も剣を交えた事がある。
 ――……この動き……俺は知っている……?
 男は剣を振り上げた。
 ――この構え……避けた後に横薙ぎだ
 リヴァルは男の剣を横に交わす。
 瞬間、全てはリヴァルの予想通りの展開だった。
 男は剣を寝かせ、リヴァルの避けた方へ薙ぎ払うように振った。
 だがそれを予想していたリヴァルは、剣を縦にしそれを受け止めた。
「なに!?」
 男は予想外の展開に、瞬時に間合いを取った。
「……てめぇ……どうして横薙ぎだって分かった」
 納得のいかないと言った口調で男は言った。
「……どうしてだろうな」
「は?」
 リヴァルは何かを思い出すよう、遠くを見据えるように言った。
「……てめぇとは何度も剣を交えた記憶がある」
 そう言った後「てめぇが誰だか知らねぇけどな」と続けた。
「……奇遇だな……俺もだ」
 男は言った。
 だがそれに対し、リヴァルは何も動じなかった。
「そういやまだだったな。殺す気だったからしなくても良いと思っていたが……こうなったら言うだけ言っておかねぇと胸くそ悪ぃからな。お互いによ」
 男は剣の矛先を地面につけた。
 その姿は威風辺りを払っていた。
「俺はウィーグル。ウィーグル=ジョンストンだ」

 ……瞬間、リヴァルは固まった。
 その脇を……その場の人間を撫で回すように、潮風が吹いた。
 運命とは、時に残酷だった。
 だがその歯車は、鈍くも確かに回り始めた。

 続く

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