センティムを離れ既に三日が過ぎた。
一行は食料の補給などもかねて、サナブの途中にあるアブレイルという街へよった。
適当に宿を見つけチェックインをすます。
部屋は二階で、男女に分かれて一部屋ずつ借りる事となった。
「なんだか落ち着くね。この宿」
ニーナは誰に言うわけでも無く言った。
宿は木造だった。
だがそれを思わせないぐらいしっかりとした造りで、何より使っている木材が明るい色をしているので、木造建築物にありがちな暗いイメージは全くと言っていいほど無かった。
部屋に荷物を置くと、ルキアスは休む間も無く外へ出ようとした。
「もうどっか行くのか?」
もう少しゆっくりすれば良いものを、なぜそんなにすぐ出かけようとするのか、リヴァルは不思議に思った。
「読む本が無くなったからな。書店にでも行ってくる」
そう言い部屋を出て行った。
ルキアスらしいと言えばそれで終わりなのだが。
鼻で小さな溜め息をつくと、リヴァルはベッドに転がり大の字になった。
これから敵地に乗り込む事を考えると、ガラにも無く不安が脳裏を過ぎった。
それをどう紛らわすかも、不器用なリヴァルには分からなかった。
半身を起こし、以前傷だった箇所を触る。
綺麗サッパリ傷は無くなっていたが、その瞬間の感覚はまだ残っていた。
――ネイド……
『今は深く追求はしない。言いたくなったら言えば良い。だが、お前もネイドがブロルに居る事を知った今、敵は定まったんだろう?』
ふとルキアスの言葉が脳裏を過ぎる。
自分の過去。ずっと皆には曖昧にしてきた過去。
だがそれを隠し続けられるのも時間の問題だ。
いずれ言わなくてはいけない時が、必ず来る。
だが、流れに任されて言うのだけは嫌だった。
ちゃんと時を見計らい、自分の意思で。自分の口で。
皆は仲間だ。今さら、過去の告白なんて恐ろしくは無い。
触っていた手で拳を作る。
その時だ。ドアをノックする音がした。
「誰か居る?」
本人の返事を待たずにドアは開いた。
入ってきたのはニーナだった。
「ん? どうかしたか?」
とリヴァル。
「ちょうど良かった。リヴァル、買い物に付き合ってもらいたいんだけど……」
「ああ。別にいいけど……」
リヴァルはベッドから体を起こす。
そして壁に立てかけて置いた剣を持ち鞘のベルトを腰に巻いた。
買い物なのに武器を所持するのはどうかと一瞬思ったが、いつ奇襲を仕掛けられるか分かったものでは無い。
あくまで用心のつもりだった。
「じゃぁカルノスとシュリアで留守番しててね」
ニーナはそう言うと、リヴァルが出てからドアを閉めた。
「……留守番……ねぇ」
つまりは暇な時間。
軽い筋トレでもするかと思い、カルノスは早速腕立て伏せの姿勢になった。
と、その時、隣の部屋のドアが開く音がした。
二階で部屋をとっているのは自分達だけだし、留守番は自分とシュリアだけ。
となるとドアを開いたのはシュリアと言うことになる。
耳を澄ますと鍵をかけた音まで聞こえて来た。
部屋の前を通り過ぎた時、カルノスは慌ててドアを開いた。
「どっか行くの?」
カルノスが問いかけるとシュリアはすぐ振り向いた。
「私も買い物。もう少し動きやすい服が欲しいから」
「……って事は俺一人?」
「……そうなるわね」
シュリアは言い終えるともとの方向へ歩き出した。
カルノスは暫く唖然となる。
だがすぐに慌てて部屋を飛び出した。
「ちょっと待ってよ」
急いでドアを閉め、鍵をかける。
「俺も行く」
後の事など全く考えもせず、カルノスはシュリアのところへ駆け出した。
町は、地面などを含め石造りで、王都カルーナが懐かしく感じる街並みだった。
大して大きな街では無い。さらに言うと、特に目立った観光スポットも無い。
だが一つだけ、街の中央に一際大きな噴水があった。
カルーナにもいくつか噴水はあるが、大きさでこれに勝る物は無い。
数ではカルーナが上だが、一つの大きさではアブレイルの勝利だった。
その噴水を中心に、放射状に道が広がり店頭が並ぶ。そんな街の造りだった。
一通り買い物を済ますと、既に外は日が西にかたむいていた。
落ちるまでまだ時間はありそうだが、もうそんなに時間が経っていた事に二人は驚いた。
二人はその後、噴水の近くのベンチに腰を下ろした。
「気持ちいいね」
ニーナはその周りの空気を吸い込んだ。
八月なのにも関わらず噴水の前は涼しかった。
暫く無言の時間が過ぎた。
その間に影は目でハッキリ分かるほど移動していた。
「……ありがとね」
突然ニーナは言った。
「何が?」
「この前……守ってくれて……」
「当たり前の事をしただけだって。自分の大切な人間や仲間が目の前で殺されるのは……もうコリゴリなんだ」
「……そう……なんだ」
どう言葉を返してあげればいいのか、ニーナには分からなかった。
だがやっと分かった気がした。
出会って暫く経ってから感じていた、このシンパシィの意味。
「……ニーナは……」
今度はリヴァルから話し出した。
「あの時『誰も死ななくて良かった』って……聞くべき事じゃないかも知れないけど……何かあったのか?」
「何でそう思うの?」
ニーナは問い返した。
「何で……だろう。何て言えば良いかな……何かが俺と似てるって言うか何て言うか……」
暫くリヴァルは考え込んだ。
バカな頭で、彼女を傷つけずにすむ言葉を必死に探した。
だがリヴァルよりも先に、ニーナが口を開いた。
「十五歳の時にね。私も……大切な人を亡くしちゃったんだ」
「……恋人……って奴?」
リヴァルが聞き返すと、彼女は頬を赤く染め微笑んだ。
「カルーナで小さな火事があって……火の中に閉じ込められた子供を助けにその中に飛び込んで……。子供の方はたいした怪我は無かったけどその人は体のいたる所に火傷をおってて」
ニーナは過去の輪郭を掴むように、仄かに赤く染まる空を見た。
そしてすぐ俯いた。
「私がそばにいれば……ヒーリングで助けられたかもしれなかった。けどその時……私はそこに居なくて……彼は病院で死んでしまった」
ニーナはその姿勢のまま、自分の両手を見た。
「……『人の命を救う奇跡の力』。この力を生まれ持つ人はホントに少ないんだって。全人口の二%にも満たない。だから私は、その力を大切な人を守るのに使って行こう……ずっとそう思ってた」
ニーナは続けた。
肩が少し震えていた。
「でも肝心な時に……本当に必要な時に限って私は無力だった。彼にこの力を使って上げられなかった。それがすごくショックで……悔しかった」
やはり同じだった。
自分も彼女も。
みな大切な人を守れず、そして己の非力さゆえに行動を起こせなかったのだ。
今は敵勢力も目的も同じだ。
だが本当は、敵勢力や目的が同じになる以前から、彼女はこの旅と言う現実を進んで受け入れていた。
これからの旅で、沢山の人をこの力で救っていきたい。
彼女は、カルーナで旅に誘われた時から、もうその意思は決まっていたのかもしれない。
「……無理に話さなくても良かったんだぞ?」
リヴァルは優しく声をかける。
「いいの。いずれ言うって決めていた事だから」
軽く目の周りを拭いながら彼女は言った。
「そっか」
「……リヴァルも……」
「ん?」
「……言いたくなったらでいいから教えて。リヴァルの過去を」
ニーナは微笑みながら言った。
「……ああ」
彼もそう言い、微笑した。
「さて。そろそろ行くか」
そう言いリヴァルは立ち上がる。
「あ、クレープ屋さんだ」
立ち上がったニーナはその方を指差した。
そしてその方向から、食欲をそそる匂いが漂ってきた。
「クレープ?」
「もしかして知らない?」
リヴァルの意外な反応に、ニーナは思わずそう聞いた。
「知ってるけど食った事は無い」
「良い機会だから食べようよ」
「ルキアスとかにはどうすっか」
リヴァルはわざとらしく言った。
「当然、三人分お土産に買って帰らなきゃ」
「別にルキアスにはいらねぇ気もすんだよな」
そう言いながら嫌そうな顔をする。
「そういう事言わないで買って行こうよ」
ニーナはそう言ってリヴァルを引っ張った。
「シュリア、新しい服買ったの?」
ニーナはその服装を見て言った。
宿に戻ると、先に戻っていた三人がロビーでくつろいでいた。
シュリアの服装は、最初に会った時のような黒のワンピースだが、確かに動きやすそうで彼女のイメージにもピッタリだった。
他にも買ったらしいが、できるだけ動きやすさを重視した物らしい。
「姉ちゃん遅いよ」
「ゴメンゴメン」
そう言いながら、袋から先ほど買ったクレープを取り出す。
「ハイ。お詫びのクレープ」
「買って来てくれたの!? アリガト!」
そう目を輝かせた。
「あとルキアスとシュリアにも」
ニーナはそれぞれ買ってきたクレープを手渡す。
「しっかしホントお子様だよな。お前は」
リヴァルはクレープにむさぼり付くカルノスの頭を叩いた。
「たかがクレープごときにさ」
言い終えた後、からかう様に笑った。
「はぁ? うざいよ、獣」
クレープを口に入れたまま、カルノスは久しぶりに獣の名を使った。
「今はお前のほうがよっぽど獣っぽいけどな」
リヴァルは再び笑った。
ニーナはそんなリヴァルを見て、少し安心したのだった。
ネイドが去って以来何かと辛そうな顔を見せていただけに、今のようないつも通りのリヴァルを見る事が出来、安心と同時に嬉しかったのだった。
一行の向かうサナブは、バレガン大陸とルーミナル大陸を結ぶ唯一の港町だった。
バレガン大陸にはバレガンコーナーと言うカルーナ領土があり、そこの港町・ポンペノとサナブの間を定期的に商船が行き来している。
なぜバレガン大陸にカルーナ領土があるのか。
それは、二大国戦争終戦にさいし、ブロルがそれを条件に降伏してきたからだ。
当時のカルーナ国王はその宣言を受諾し、そしてそこがルーミナルに一番近いバレガンの端である事から『バレガンコーナー』と命名し、港町・ポンペノを築いた。
本来なら危険ゆえ、一般人の商船への乗船および航海を国で禁止しているが、今回は国王直々に許可を貰っている。
もう敵は目の前。
そう感じずにはいられなかった。
だがその事実を翻せば、もう後戻りはできない。
つまる所そういう事だ。
だが彼等は、『戻れない』ではなく『戻らない』だった。
全員の目的が完全に一致した今、これほどまでに強力な力は無いだろう。
それを無駄にする事は許される事では無いし、同時に許せない事でもあった。
彼等は決して流れに押されているのではない。
自分達の意思で、自分達の足で歩いている。
そしてその足は、決して戻ろうとはしない。
迫る敵地。恐れが無いといえば嘘になる。
だがそれを乗り切った先にある真実を信じて歩くのが、彼等にかせられた使命であり彼等自身の意思だ。
信じる事が勇気であり、やがて勇気は力になる。
力はやがて道を切り開き、切り開かれた道の先には可能性が待っている。
そしてその可能性を信じ、また歩く。
決して止まる事のないこの循環を、また彼等は受け入れ進んでいく。
海を渡った先に待ち受ける現実は、そうと呼ぶにはあまりに重く悲惨かもしれない。
だが彼等は進んでいく。
現実や未来は、あらかじめ決められた物ではない。
現実や未来は、行動しだいで変える事が出来ると言う事を……。
ただかたくなに信じて。
続く
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