―第十五話―

初めて来た人へ
 朝になりカルノスは、夜中のうちに洗っておいた服をやっと乾かし、それを着てリヴァル達の所に戻った。
 建物に入りまずギョッとなった事は、まだ日が昇って数分と言う時間帯なのにも関わらず、リヴァルとニーナが起きていた事。
「お前も隅に置けないな」
 とリヴァルはニヤニヤしながら言った。
 ニーナから事情を聞き、夜中の一部始終を二人に見られた事を知ったカルノスは、少々嫌な気分になり、不貞腐れながら毛布に包まった。
 一分と経たないうちに、カルノスは夢の中。
 そう。今はまだ日が昇って数分の時間帯なのだ。


 だいぶ日も昇り、カルノスは起き上がった。
「もう暫くしたら出発する」
 とルキアスに告げられ、カルノスは慌ててシュリアの事を話した。
 シュリアを仲間にする事に、反対の者は一人も居なかった。
 理由を聞けば、リヴァルは昨日の一件を見て、「仲間になれば頼もしいから」と。
 ルキアスは「仲間が多い事に越した事は無いし、何より敵対する勢力が一緒だから」と。
 ニーナは特に無いが、あまり紅一点と言う立場は苦手らしい。
 何はともあれ、シュリアを仲間にする事に全員同意したリヴァル達は、さっそく本人のもとを訪れた。
 彼女は既に……と言うか一睡もしていないらしく、夜中の約束どおり、カルノスが仲間をつれて来るのを待っていた。
 黒いワンピースからでも分かるぐらいベットリとした染み。
 ニーナはいち早くそれに気付き、着替えを用意した。
 最初は恥ずかしそうにしているシュリアだったが、ニーナの母性本能炸裂とでも言おうか、彼女の勢いに負けて、建物の影で着替える事となった。
 もっともシュリアは、着替えと言う行為が恥ずかしいのではなく、洗濯が終わるまでとは言え、着るのが同年代であるカルノスの服と言うのに抵抗があったようだ。
 それをこっそり聞いたニーナは、クスクス笑いながら、
「女の子なのね」
 と茶化したのだった。


 着替えの後、一行はシュリアの案内でギネイ山へと向かった。
 途中洞窟を見つけ、怪しいと睨んだ一行はそこに入った。
 洞窟内はサウナのようで、服を着ているのがバカらしくなるほどだった。
 暑さは余計に体力を消耗する。
 長時間の探索は困難を強いられた。
 そんな折、アクエリアスがちょっとした魔術をかけてくれた。
 風の渓谷で、強風をやり過ごす為にルキアスがかけた魔術の、水属性・強化版だ。
 これで熱を防ぐ事が出来る。
 ルキアスは最初、火源霊で魔術をかけようとしたのだが、水源霊の方が効率がいいとアクエリアスが言ったため、急遽そちらに変更したのだ。
 奥に進むにつれ洞窟は広さを増していった。
 やがて大きく開けた場所に出た。
 ふと上を見上げると、円形状の青空が見える。
 どうやらそこが火口のようだ。
 その開けた場所で道は途絶えていた。火山の中の一部に出来た出っ張りの様な場所だ。
 上が火口なら下は……。リヴァルは恐る恐る端から下を覗き込む。
 かなりの距離はあるにしろ、見ているだけでその熱さが身にしみてくる。
 マグマの海。落ちた時の事を考えると震えが止まらなかった。
「恐らくここだな」
 辺りを見渡しながらルキアスは言う。
 みんなの前に出て、早速詠唱語で語りかけた。
 突然回りに、いきおいよく炎が起こった。
 アクエリアスの源霊魔術を持ってしても、その熱は肌を焼くようだった。
 それが一箇所に集まった時、その巨大な炎の塊の中から、体格のいい男が現れた。
 男は――イフリートは目を開けると、辺りを見渡した。
 そしてその視界にアクエリアスが映るなり、叫び出した。
「なんでテメェがここに居るんじゃぁぁ!!!」
 鼓膜を破らんばかりの大声。
 一同は思わず耳をふさいだ。
「居てはいけないのですか? イフリート」
「お前が来ると気分が悪くなるんだよ!」
 どうやら二人の仲はかなり悪いらしい。
「……なんか妙に納得できるのは気のせいなのか?」
 とリヴァル。
「恐らく『自然摂理』だからだろう」
 と、ルキアスは説明し始めた。
「この世界に存在する源霊の種類は、水地火風氷雷の七種。そしてそれぞれ、相性という物がある。火は水に弱く、水は雷に弱く、雷は地に弱く、地は氷に弱く、そして氷は火に弱い。風はそれぞれの属性の補助。と、まぁこんな具合だ」
 それすなわち自然摂理。つまりそう考えると、イフリートとアクエリアスの仲が悪いのは当然の事なのだ。
「まぁ、お互い仲良くしましょうよ」
「かーぺぺぺっ。誰がテメェなんかと」
 あくまでアクエリアスは、彼と友好的な関係を結びたいらしい。
 それをかたくなに拒否するイフリート。
「大丈夫なのかよ。このメンツで」
 リヴァルをはじめ、この場に居る全員に不安が残った。


 来た道を、一同は引き返した。
 この地・ルーミナルに存在する全ての精霊との契約を終え、一同はいよいよ敵の本拠地・バレガン大陸へと乗り込むことになる。
 その準備などもかねて、山を下りて五日ほどの所にある町へと向かう事になった。
 そのピリピリと張り詰めた空気を感じ始めたのは、山の洞窟を抜けてすぐだった。
 一瞬、近くに獣やモンスターが居るのかとも思ったが、違うようだ。
 その殺気には、獣特有の不規則性が感じられなかった。凶暴な獣のように強い殺気ではあったが。
 それ故に恐ろしかった。これほどの殺気を放てる『人間』がいる事に。
「リヴァル」
 突然話しかけられ、リヴァルはガラにも無く、肩をびくつかせる。
「……やはりお前も?」
「……ルキアスも感じてるのか? この殺気」
「それだけじゃないだろう。もっと強力な何かを感じる」
 ルキアスでも感じ取れる殺気。
 ホス湖のモンスターと同様、いやそれ以上。
「二人が感じてるって事は、どうやら錯覚じゃないようね」
「じゃぁ……俺も……」
 シュリアに続きカルノスも言う。
 二人とも分かるのだ。
 この不穏な空気。殺気。ありとあらゆる負の感情。
 リヴァルはかなり神経質になってしまっている。その殺気のせいだ。
 そわそわしながら周りを見渡す。
 もしかしたら、次の瞬間にでも敵が襲ってくるかもしれない。
 そう言った恐怖がリヴァルを襲う。
 リヴァルはとっさに後ろを振り向いた。幼い時、狩をし始めたころも、突然後ろから襲われた事があった。そのトラウマからだろう。
 そうして振り向いたその視界に入ったのはニーナだった。いつもと様子の違うニーナ。
「大丈夫か? 真っ青だぞ」
 心配になったリヴァルは声をかける。
「……胸騒ぎがするの……」
 ニーナはボソッと呟く。
「このまま山を下りてはいけないって……私の中で誰かが言ってる。すごい……怖い」
 肩を振るわせ始めたニーナを、リヴァル達はただ見ている事しか出来なかった。
「……下りるしかないんだ」
 ルキアスは、誰に言う訳でもなく言った。
「ここで止まっていても道は開けない」
 そして自ら先頭を行く。
「……そうだな」
 リヴァルはニーナに、もう一度「大丈夫か」と声をかけた。
 彼女は「大丈夫」と言うと顔を上げた。
 さっきと大して変わりは無いが、本人の言うとおりなんとか大丈夫そうだった。
 そして一同は再び山を下り始めた。


 山を下り、センティムに近づくにつれ、その殺気は強くなってきていた。
 たぶんその殺気の持ち主は、センティムで待ち伏せをしているのだろう。
 リヴァルは、その殺気に慣れてきたせいか、さっきほど神経質ではなくなって来ている。
 少しだが、いつもどおりの感覚を取り戻した。
 それにより、この殺気が以前感じた事のある物である事も、おぼろげだか思い出した。
 そう。ルーミナルについてすぐブロル軍と衝突したあの丘で、あの時感じた殺気。思わず声を上げて驚いてしまったほどの強力な殺気。
 それと同じものだった。
 だがそれだけじゃない。
 今思えば、もっと早く気付くべきだった。
 四年前、あの事件の時に感じた殺気も、この殺気と同じ……。
「……覚えてる……この殺気……あの時の……」
 この強力な殺気を放つ奴。確かに以前、あった事があった。
 
『……様。この小僧……』
『この子供は今連れて行くには惜しい。収穫時はまだ先です。ほおって置きましょう』
『じーちゃんを返せ!!! ウィーグルをどうするつもりだ!!!』

「……あいつだ」
 センティムの町に入った時、リヴァルは呟いた。
「どうした」
 とルキアス。
「……あいつが居るんだ。ここに……」
「あいつって誰だ……」

『グッ!!』
『……ド様ッ!!! このガキ!!』
『待ちなさい。私は大丈夫です』
『しかし……』

 ルキアスは不思議に思い、前方に目を向ける。
 とたんにルキアスは固まった。
 見覚えのある影。
 常に物静かな雰囲気をかもし出していて、冷静で博識。
 故に、何を企んでいるか分からない。
 そう。彼が来てから、ブロルが変わったのだ。
「……貴様は……」
「……お久しぶりですね。ルキアス君」
 男は静かに笑った。

『……将来が楽しみですよ。行きましょう。我々の任務は終わりました』

「あの男が、俺のじいちゃんと親友を奪ったんだ」
 リヴァルは歯を食いしばり、その男を睨みつける。

『了解しました……イド様』
『……くそ……ネイド――』

「……ネイドッ!!」
 ルキアスとリヴァルは、声を揃えて叫んだ。

 続く

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