―第十四話―

初めて来た人へ
 その獣の本当の大きさは、近づくにつれどんどん鮮明になってきた。
 やはり狼と呼ぶには程遠い。
 ゆうに三メートルはあるだろう。
 さらに後方には同じ獣が二匹居るのが確認できた。
「何なんだよこいつ等」
 シュリアに追いついたカルノスは、隣を走っているシュリアにたずねた。
「三ヶ月ぐらい前からこの辺に巣くっているモンスターよ。私はシルバーウルフって呼んでるけど」
「ここにもよく来るのか?」
「多分ここを巣として利用しようと企んでいるんだと思う。よく来るの」
 シルバーウルフとの距離が縮まると、向こうもこっちの事に気がついたようだ。
 一番先頭に居たシルバーウルフは、その巨大且つ鋭い爪を振り落とす。
 カルノスとシュリアは余裕でそれを交わす。
 軽々と地面を切り裂くほどの鋭さ。
 まともに食らえばひとたまりも無いのは明らかだった。
「どうすんだ? 殺すのか?」
 カルノスは、隣で銃を構えているシュリアに聞いた。
「それしかないでしょ。話して分かる相手じゃないし、なにより向こうは殺るき十分なのよ」
「……ならこいつを実戦投入だな」
 カルノスはポケットから水晶玉を取り出した。
 それは、あの時アースからもらった水晶だ。
「……そんなの何に使うの?」
 少し不安そうにシュリアは言う。
「まぁ見てなって」


 ニーナは目を覚ました。
 上半身を起こして周りを見渡すが、リヴァルとカルノスの姿が無い。
 だがふと視線を入り口に向けた時、そこに立つリヴァルを見つけた。
「……どうしたの?」
 その声に反応し、リヴァルはその方に振り向いた。
「もしかして起こしちまったか?」
「ううん」
 ニーナは首を横に振る。
「何となく目が覚めただけ。それよりどうしたの?」
 ニーナも建物の入り口に寄る。
 そしてリヴァルの視線を追うように、町の入り口を見る。
「!!」
 その光景を見たとたん、ニーナは絶句した。
「カルノス……それにシュリアも」
 そう言った後、間髪入れず続けた。
「助けないと……」
 だがリヴァルは動こうとしない。
 手を組んだまま、真剣な眼差しでカルノス達の方を見ていた。
「あのままにしておこう」
「でも……」
「ここで俺が手助けに行ったら、あいつは強くなれない」
 今まで守られる側に居たカルノスが強くなるには、厳しいかもしれないが、一人で戦わせるのが一番の方法。
 守られる側でなく守る側に。
 自分を他人に守って貰ってばかりいては、決して強くはなれない。
「それに、あいつ自身助けなんて求めちゃいねぇよ」
 リヴァルはそう続けた。
 それでもニーナは、不安でたまらない、といった様子だった。
「心配すんなって。あいつにはアースからもらった力がある。今までとは一味も二味も違うって」
 リヴァルはそう言い、優しく微笑んだ。
 

『水晶を持って、頭で念じればいい』
 アースの言葉を思い出したカルノスは、目を閉じた。
 不思議と体には力が入らない。
 何もない抜け殻のような。体が軽く感じた。
 無心というべきだろうか。
 力に対する好奇心も、モンスターに対する恐怖心も、何もかもがカルノスの頭から抜けた。
 その刹那、明るく、それでいてどこか暗いイメージのある頭の中で、それは形作っていく。
 そして真っ白で何もない、遠く開けた世界が、そこに広がっていった。
 カルノスは、その空間に浮いていた。
 その空間の中の自分自身に、頭の中でイメージした物が手足を覆うように生成されていく。
 この温もりは、あの時炭鉱で感じたものと似ている。
 静かに目を開ける。
 すると、手には岩で出来た拳が、足には岩で出来たブーツのような物が、それぞれ生成されていた。
 手に持っていた水晶は、右手の甲にはめられている。
 シュリアは、突然そのような武器を生成したカルノスを、呆然と見つめていた。
 ぶんぶんと腕を振り、その動作を確かめる。
 これと言った支障はない。
 何より重みを感じなかった。
 そこには確かに岩で出来た武器があるのに、何もつけていない様な感覚だった。
「……やっぱケンカは、手と足が基本だしな」
 そう言って微笑すると、一気にシルバーウルフとの間合いを縮める。
 放たれたシルバーウルフの一撃目。
 体を反転させ、それを難なく交わすと、その腕を掴む。
 強く力を入れたとたん、その腕は音をたて砕けた。
 カルノスはシルバーウルフの呻き声をよそに、掴んでいる腕を手前に引っ張った。
 バランスを崩し、手前に倒れるシルバーウルフの顎を、今度は岩で出来たブーツで蹴り上げる。
 顎が砕け、あまりの勢いに首にも亀裂が走った。
 そこから鮮血の雨が辺りに降りかかる。
 だが残りのシルバーウルフは、それに臆する事無く攻撃を仕掛けてきた。
「これで逃げてくれりゃ良かったのによ。めんどくせぇ」
 いったんシルバーウルフとの距離を取り、シュリアと並ぶ。
「一匹頼む。出来るか?」
「今まで一人で相手してきたのよ」
 シュリアは銃の安全装置を解除しながら続けた。
「普通の女の子と一緒にしないで」
 その言葉を合図に、カルノス達はふた手に分かれた。


 シュリアは、それた銃弾でカルノスを傷つけないよう、それでいて二人とも思う存分に戦えるぐらいのスペースを確保するため、シルバーウルフを誘導しながら距離を取った。
 シュリアを追いかけるシルバーウルフは、途中で一軒の建物を壊し、支柱を手に持った。
 そして、立ち止まったシュリア目掛け叩きつける。
 普段は建物などを支えるある意味命とも呼べる支柱は、一瞬にして凶器へと姿を変えた。
 地面を抉り、削るように突き刺さった光景を見るだけでも、その威力は身にしみた。
 さほど苦もなく避ける事の出来たシュリアだが、もし直撃した時の事を考えると、冷や汗が流れた。
 すぐに間合いを取るシュリア。
 三歩……四歩……五歩……。
 そうして少しずつ間合いを取るが、シルバーウルフが動こうとする気配は無い。
 七歩目。そこでシュリアは足を止めた。
 同時に、辺りは静寂した。
 二人とも、動こうとはしない。
 今までの戦いで、ただ単に銃を撃つだけで倒せる相手ではない事を、シュリアは知っていた。
 彼等の瞬発力は、その図体には似合わず並大抵の物ではない。
 確実に銃弾を当てるには、相手の死角に入るか、その瞬発力を持ってしても避ける事の出来ないぐらいの至近距離まで近づくか、相手の動きを何かで塞ぐほか無い。
 それは分かっているのだが、この状況、うかつに動けるような状態ではなかった。
 今のシルバーウルフには、支柱というリーチの長い武器がある。
 爪だけならまだしも、この支柱のおかげで、今のシルバーウルフの攻撃できる間合いは以前にも増して広くなっている。
 そしてシュリアの立つ位置が、シュリアにとってのギリギリ間合いの一歩外。
 シュリアが一歩近づけば、もしくはシルバーウルフがほんの数センチ足を前にずらせば、たちまち攻撃が繰り出される。
 かと言って、この位置で銃を撃てば、隙を突いて間合いを詰められ攻撃される。
 しかし、何もしないで立ち止まっていてもそれは同じ事。
 こっちの一歩は向こうの数センチ。
 ジッとしているだけでは、圧倒的に不利なのは自分。
 向こうもなかなか知恵を使う、と、シュリアはそう感心してしまう。
 だがシュリアは、あえてシルバーウルフの間合いに踏み込んだ。
 予想外の展開。シルバーウルフは少し反応に遅れた。
 だがその程度の遅れは、シルバーウルフにとって大した事ではなかった。
 すぐに支柱を振り下ろす。
 だがシュリアは、あえて間合いに入り込む事で、その攻撃を回避する事に成功したのだった。
 素早く、それでいて予想外の行動をとった事で、シルバーウルフはまず反応が遅れた。
 先端から振り下ろすと言う事は、先端が地面につき、それから内側まで全て地面につくまでには、少なからず時間に差がある。
 つまり、ほんの一瞬での状態であっても、意外とその内側は先端より安全である。
 以上の二つの要素によって、シュリアは攻撃を回避できたのだ。
 上手く懐にもぐりこんだシュリアは、まず両足を撃ち抜いた。
 そして支柱を持つ右腕の手首を撃ち抜く。
 激痛のせいで、シルバーウルフは支柱を地面に落とした。
 これで、もし万が一の事があり間合いを取る事になっても、リーチの長い武器は無い状態になる。
 シルバーウルフは、あまった左腕の爪でシュリアを横から切り裂こうとする。
 シュリアは瞬時にしゃがみ込み、それをやり過ごす。
 そのままシュリアは、足のばねを利用して高く飛ぶ。
 そしてシルバーウルフの肩に乗り、横の顔に銃を突きつけた。
 乾いた銃声が、闇に鳴り響く。
 鮮血を頭から撒き散らしながら、そのシルバーウルフは絶命した。


 カルノスの方に合流すると、すでに決着はついていた。
「さすがはエルフ……って言うのは差別用語?」
「べつにいいさ。もうなれた」
 亡骸の上。カルノスは微笑すると、シュリアの方に向きなおした。
「そういうシュリアだって、ほんとに同い年の女の子には見えない」
 シュリアも微笑し、「そう」とだけ返した。
「……他にいた男の人は、二人ともあなたより?」
 カルノスよりも強いのか。そう聞きたいのは素直に分かった。
「ああ。俺の何倍も強ぇよ。あの二人は」
「頼もしいわね」
「俺の目標だ」
「その武器があれば、今の所は十分なんじゃないの?」
「武器を使うのは俺の主義じゃねぇ」
 そう言った後、岩の拳を解除し、続けた。
「これは本当の力をつけるまでの仮の『力』だ」
 水晶を握り締める。
「……手に入れられるといいね。その本当の力が」
 シュリアは再び、カルノスに微笑みかけた。
 カルノスは少し頬を赤く染め、
「ああ。ぜって〜手に入れる」
 そう力強く頷いた。
 余談だが、彼等の服は返り血で赤くなっており、その血や死体の匂いで辺りが充満していた……のは言うまでも無いだろう。

 続く

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