―第十三話―

初めて来た人へ
 アクエリアス達の話をまとめた結果、次の行き先は大陸唯一の活火山・ギネイ山に決まった。
 早速一行は、ギネイ山へと歩を進める。
 山がしっかり確認できるようになった時、ニーナが何かを見つけたらしく言った。
「……あれ? あそこに有るの町じゃない?」
 ニーナの視線と指先の向こう。
 少しボロボロだが、確かに町のようだった。
「でも、人が居るかどうかは、ここからじゃわかんね〜な」
 とリヴァル。
 とにかく、一行はその町らしき所へと足を運ぶ事にした。


「……なぁ、ルキアス。こういう場所の事を、『ゴーストタウン』っつーんだろ」
「その通りだ」
 そこには昔の西部劇を思わせる家が立ち並んでいた。
 だが、屋根が外れている物が殆どだ。壁もドアもボロボロだった。
 所々腐食も始まっている。
 さらに気になった物。それはいくつかの壁に付着している黒い染みだ。
「人の居る気配はね〜な」
 カルノスは、いくつかの家をのぞきこみ言う。
 リヴァルもカルノスに習い、近くの家に入った。
 その時だ。
「動かないで」
 突然、どこからか声が聞こえた。
「手を上げて、外に出て。それと、剣はあずかるわ」
 言われるがまま、リヴァルは外に出た。
「こ、子供?」
 ルキアスは声を上げる。
 彼女の背はカルノスより少し高い程度だが、どこか冷静でしっかりしていそうだ。
 髪は黄緑で、その長さは膝より少し長かった。
 手に持つ銃は少女が持つには大きすぎるほどではあるが、軽々と持ちリヴァルに向けている。
「なさけね〜。子供に後ろ取られてるよ」
 カルノスは日ごろ馬鹿にされ続けている仕返しとでも言うかのように、微笑しながら言った。
 ルキアス達の姿を確認すると、少女は銃をおろした。
「ブロル……じゃない」
 そう一言言うとすぐに続ける。
「この町に何の用?」
「人に銃向けといて行き成りかよ」
 リヴァルは言う。
「……シュリア=メトロム」
 彼女は――シュリアは続けた
「ごめんなさい。ここに来る人、全然居ないから」
 シュリアは、リヴァルに剣を返す。
「シュリア……ちゃん。なんでここに居るの?」
「ちゃん付けは止めて」
 ニーナにそう言うと、さらに続けた。
「つい一年前まで、ここには町があった。センティム。結構有名な町よ」
 するとリヴァルは、
「俺は知らね〜な」
「ガンズギャザー『センティム』。古くから、銃器類を生産していた町だ」
 とルキアス。
「そう。だからよく、ブロルの連中が交渉しに来ていたの。極秘裏に」
「交渉? 何の?」
 カルノスは聞く。
「兵器製作技術がカルーナと比べ未熟なんだ、ブロルは。少しでもカルーナとの差を縮めるために、ここに交渉しに来たんだろ」
 ルキアスは続けた。
「だがその交渉が決裂したため、業を煮やしたブロルは、やむを得ずこの町を襲撃。資料を奪い、逃げた……と、まぁそんな所だろう」
 シュリアは呆然としていた。
 ルキアスの言っている事が、全て当たっていたからだ。
「でも、私には何処かに行く理由もない。迎えてくれる場所もない。だからここに居る。それだけよ」
 シュリアは言った。
「ブロルの事は恨んでないのか?」
 とリヴァル。
「恨んだ所で何か出来る訳でもないし、亡くなった人が生き返る訳でもない」
 それはもっともな事だ。
 シュリアは少し辛そうな表情を見せる。
 それが、この町で起こった惨劇がどれほどの事なのかを語るのには、十分だった。
「あなた達はこれからどこへ?」
 突然シュリアは言った。
 ルキアスがギネイ山へ向かう事を伝えると、一瞬不思議そうな顔をした後、この廃墟で数少ない屋根のある建物へ案内した。
「ここなら広いし、宿として使うには十分ね」
 その建物は、大きな酒場の面影を残していた。
 カウンターに、割れた窓ガラス、壊れたテーブルやイス。
 所々ビンなどの破片のようなものもあったが、それとガラスの破片を見極めるのは容易な事ではなかった。
 だが確かに広いし、他の建物よりは原形をとどめている。
 ここへ案内し終えたシュリアは、すぐにもと居た建物へ帰っていった。
「……あまり僕達が干渉すべき話ではないな」
 彼女の事を思ったルキアスが、彼女の背中を見送りながら言った。
「……向こうもそうだろう」
 ルキアスに続き、リヴァルは言った。
「まるで……昔の俺を見てるみてぇだ」
 そう呟き、建物へと姿を消す。
「とにかく、お言葉に甘えて今日はここで一晩過ごそう」
 ルキアスはそう言い、ニーナとカルノスとともに建物へ入った。


 夜。
 月明かりが眩しい中、シュリアは眠れないで居た。
 彼等の事。昔の事。それが幾度も頭の中を駆け巡った。
 嫌な胸騒ぎもする。
 あれから一年。
 やっと気持ちの整理が出来たのに……。
 『ブロルの事は恨んでないのか?』
 『恨んだ所で何か出来る訳でもないし、亡くなった人が生き返る訳でもない』
 全てウソ。
 本当はこの一年、ずっと恨み続けていたのだ。
 でも自分は、あまりに非力で、自分で行動を起こすにはあまりに無謀だった。
 無力ゆえの断念。
 そんな自分が嫌だった。
 だからシュリアは、そんな自分を、『恨む事は無意味』と言うオブラートに包んで、演技したのだ。
 例えどんなレッテルを貼られようと、本当の自分をさらけ出すのが嫌だった。
 それに、こんな自分の辛さを分かってくれる人なんて居ない。
 知ったかぶりされても、かえって面倒で鬱陶しいだけ。
「……ふぅ」
 シュリアは溜め息をついた。
 今の彼女にとって、人と関わる事自体が苦痛でしかない。
 もうあの人たちに関わるのはよそう。
 そう決めると、シュリアは壁に寄りかかり、目を瞑った。
 と、その時だ。
 外でかすかに物音が聞こえた。
 そういった物事に人一倍敏感な彼女は、すぐに銃を手に持つ。
「……誰か居るの?」
 誰かが居るかも知れない外に向かって言う。
 返事が返ってくる事を期待しては居ない。
 恐る恐る外に出ようとした。
「う……撃つなよ?」
『男』……いや、『男の子』の声だった。
 声の主はシュリアの前に姿を現す。
「……忍び寄るならもっと静かにやらなきゃ」
 あくまで冷静に、彼女は言った。
「へへへ。なんか苦手でさ、そ〜ゆ〜の」
 カルノスは両手をあげたまま微笑した。
「それで? 何のようなの?」
 彼女は銃を下ろし、言った。
 カルノスも手を下ろす。
 シュリアは建物の奥へカルノスを招待し、壁に寄りかかって座る。
「シュリア……だっけ? 年っていくつなの?」
「……ナンパ?」
 シュリアの口から出た意外な言葉に、カルノスは「そんなんじゃ」と少し焦った。
「……十四。それがどうかしたの?」
「なんだ。同い年か」
「年下だと思った?」
「むしろ逆。年上かと思った」
「……なんで?」
 身体的にはどこをどう見ても子供。
 自分でさえ、他人からは実年齢よりも年下だと思われていると思っていた。
「なんでだろ。なんか落ち着いてるから……かな」
「……そう」
『落ち着いている』。
 今の自分が、本当に落ち着いている様に見えるのだろうか。
「なんでギネイ山に?」
 暫く続いた沈黙の後、シュリアは言った。
「あんな所、観光目的で行くはず無いよね」
 シュリアはそう続けた。
「……精霊に会いに行く」
「……精霊?」
 シュリアは聞き返した。
 そして思い出した。
 昔聞いた、ギネイ山に炎の精霊が住んでいると言う話を。
「なんで?」
 シュリアの問いに対し、カルノスは、これまでの話を出来るだけ詳しく話し始めた。
 ルキアスとリヴァルの関係や出会った経緯。
 ルキアスの目的と、その過程で敵対する国の事。
 カルノスやニーナがその旅に加わった理由。
 そして自分がエルフである事も。
 もちろんシュリアも、まさか隣に居る同い年の男の子がエルフだなって、思いもよらなかっただろう。
 予想通りのリアクションをとった。
 が、それ以上は追求してこなかったし、あまり変な目でも見ていない様だったので、カルノスは話を続けた。
 最後に、精霊と契約する理由。
 敵が、シュリアの敵と同じブロルである事は、説明の過程ですでに耳に入っている。
 シュリアは動揺している。たとえ平然を装っていても、心までは平然では居られない。
「……大丈夫か?」
 カルノスは、少し様子の変わったシュリアを気づかい、声をかける。
 彼女は「大丈夫」とだけ言う。
「……恨んでないなんてウソなんだろ?」
 カルノスは、どこか遠くを見るように視線を泳がしながらそう呟く。
「ホントは恨んでも恨んでも治まらない位……ブロルを恨んでいる。違うか?」
 シュリアはカルノスの方を見る。
 相変わらず、視線はあさっての方向だ。
 だが、彼の言いたい事は、胸に突き刺さるぐらい鮮明だった。
「確かに、恨んで死んだ人間が生き返る事は無い。けど、だからって何もしない事が良い事だって訳でもねぇだろ? もちろん死んだ人たちは、シュリアに自分達の分も生きて貰いたいって思ってるだろうけど、でもそれはシュリア自身の意思じゃない」
「……弔い合戦でもしろって言いたいの?」
「……やっぱそういう風にしか聞こえないか?」
「どういう意味?」
 カルノスはシュリアの方を向きなおし、言った。
「シュリアは誰よりも、大切な人が死ぬ悲しみを知っている。だったらそれを二度と起こさせない様に、皆を守る事が出来るんじゃないか? 自分とは直接関係無くても、別の人から見たらその人は大切な人かも知れない。友達だったり親だったり恋人だったり。その人達を悲しませないように……この町の二の舞を起こさせない様に努める事が出来るんじゃないかな」
 カルノスはホイホイと言ってのける。
 だがそれは、同時にシュリアが求めていた答えなのかも知れない。
 町の皆が死んでしまった中で、何をすればいいのかをずっと悩んでいたシュリア。
 だがその行き着く先はいつも『無謀』の二文字。
 けど今回は違う。
 少なくとも、彼等と一緒ならば……。
 自分個人は非力でも、彼等と一緒ならば……。
「……私を……仲間に?」
 するとカルノスは微笑して言った。
「なりたいんならなれば? それはシュリア自身の意思の問題だし」
 その一言で、シュリアの心は決まった。
「……ありがとう」
 一年ぶりの笑顔。
 自分でも、笑顔の作り方を忘れてしまっていたかと思っていた。
「やっと笑ったな」
 カルノスはそう呟くと、スッと立ち上がった。
「俺はとりあえず戻るわ。明日また来るよ」
 そう言って建物を出ようとした時だ。
 カルノスは町の入り口の方を見て固まった。
「……どうしたの?」
 様子の変化を不思議に思い、シュリアも建物の入り口へ向かい、外を見る。
 それは、シュリアには見覚えのある影。
「なんだ? あれ」
 一見狼かとも思ったが、大きさといい、二足歩行をしている事といい、狼と呼ぶにはあまりに無理があった。
「また来たのね」
 シュリアは一人駆け出した。
 手にはもう既に、銃が握られている。
「お、おいっ!!」
 カルノスもすぐに後を追った。

 続く

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