―第十二話―

初めて来た人へ
 ホス湖を離れ、また西側から山を降りる。そして風の渓谷を再びぬけ、大陸の東側へと戻った。
 そしてその後一行は、山脈沿いに北を目指した。
 アクエリアスとシルフのおかげで、次の目的地は一つに定まった。
 そこは炭鉱の町・ペンスト
 以前はカルーナの次に賑やかな町として名をはせていた。
 だが今となっては、寂れる一方であった。
「やっぱあいつにはこれだろ」
 とリヴァル。
「性格考えると、もっと渋めがいいよ」
 カルノスも言う。
 数分後、二人に翻弄されるまま選ばれた服を着たルキアスは更衣室から出てきた。
「お! 似合うじゃん!」
 リヴァルは、パンと手を叩く。
「そうか? あまりこうゆうのに興味が無いからよく分からないが……」
 ルキアスは、ポリポリと頭をかく。
 なぜ大学の制服ではない姿をしているか。
 それは、この町が寂しくなった理由と、少し関係がある。
 今から数十年前、当時はまだ、石炭をエネルギーにした家具が主流だった。
 その為、大陸で一番の大きさを誇る炭坑が存在するペンストは、カルーナ同様に栄えていたと言っても過言ではなかった。
 しかし、カルーナ大学の教授の一人が、火源霊を使った暖房器具、所謂ストーブを発明した事が、事の始まりだった。
 後に、冷房、冷蔵庫、ランプ等、源霊をその物体の中に集める事で使用できる家具が頻繁に市場に現れ、大反響を呼んだ。
 限りある石炭と違い、各源霊は、ほぼ無数に存在する。
 有害物質も排出されないので、次第に石炭の存在は薄れていった。
 現在、ルーミナル大陸の殆どの人が、所謂源霊家具を使っている。
 石炭を今だ利用する者は、金のない貧乏人か、生い先短いご老人程度。
 収入はまさにすずめの涙。町は寂しくなる一途。
 町の人達は、そうまでさせた大学の人間を、激しく恨んでいるのだ。
 当然そんな状況下に、そんな所に、大学の制服を着た人間が現れれば、何かされるのは目に見えている。
 と言う事で、ペンスト内の服屋で、新しい服を購入することになった。
「でもやっぱさ、ルキアスだけってのはな」
「ああ。せっかくだし、俺達も服買おうか」
 カルノスの意見に賛成したリヴァルは、早速服を選んだ。


 一行は、すっかり衣替えをして、町を歩いた。
 町に住んでいるのは、子供や年寄りばかり。
 死ぬまで炭坑に尽くすと言わんばかりの巨漢の男も見かけるが、圧倒的に少ない。
 若者は、ろくな仕事が見つからないと町を出て行く者が跡を絶たない。
 ちゃくちゃくと、少子高齢化が進んでいる。
「こりゃもう、ご愁傷様としか言いようがねーな」
 ルキアスは、杖でリヴァルの頭を殴る。
「冗談でもそんな事を口にするな」
「へいへい。ごめんなさい」
 とりあえず宿を探し荷物を置いてから、例の炭坑へと向かう事になった。


 先頭を歩くリヴァルの持つ松明を頼りに、炭坑の中を歩く。
「とにかく、一番奥に行きゃいいんだな」
「ああ」
 リヴァルの問いに、ルキアスはそう答えた。
「でもさ、何で炭鉱なんだ?」
 リヴァルはずっと疑問に思っていた事を、ルキアスにぶつけた。
「僕にもよく分からないんだ」
 ルキアスは本当に知らなそうだった。
 仕方がないので、アクエリアス達に聞くとこう答えた。
「なら、今まで僕達に出会った場所を思い出してください」
 シルフと会ったのは風の渓谷。アクエリアスとはホス湖。
「そっか。風と水……」
 リヴァルより先に、カルノスが答えた。
「その通り。それぞれ自分たちが束ねる源霊と関わりの深い場所に、僕達精霊は存在する。だから炭鉱なんです」
 アクエリアスはさらに続ける。
「そしてこの炭鉱の奥に、水晶が祭ってあるんです。今は町の人たちによって保管されている……と言った方がいいでしょうけど」
「なるほど。水晶は石英が結晶化した物。確かに大地によって造られた物だな」
 ルキアスは言った。
 するとニーナは、それに付け足すように続けた。
「水晶は、世界に存在するあらゆる石の中で、一番心霊的な力が強いと言われている。それが事実なら、水晶に宿っている可能性は高いわ」
「ニーナってオカルト好き?」
 リヴァルはさり気なく言った。
「え? あ、やだ、違うよ。本棚にそう言う本が置いてあるだけ」
 ニーナは焦って言い訳する。
「僕はそんな話信じないな」
 とルキアス。
「目に見えない物は信じない? 学者のプライドって奴だな」
 リヴァルはそう言い、さらに続ける。
「でも、源霊だって目に見えね〜じゃん。矛盾してっぞ。お前」
「なっ。あれにはちゃんとした原理が有り、それに基づき――」
「ん? もしかしてあれじゃねぇか?」
 リヴァルは、ルキアスを無視し言った。
 鍾乳石のような物の上に、丸みをおびた石があった。
「これが水晶? 俺、始めて見た」
 カルノスは興奮しながら言った。
「やっぱりいるのか? ここに地の精霊が」
「ああ」
 ルキアスは、リヴァルの問いにそう答えると続けた。
「これから呼び出してみる。少しさがってろ」
 リヴァル達は指示通り後ろにさがる。
 その後ルキアスは、静かに詠唱を始めた。
 リヴァルは、自分の体の周りが、ほのかに暖かくなるのを感じた。
 人の肌のような温もり。そして、全身の毛穴が開くような感覚。
 突然、水晶の周りが淡く光りだす。
 光はその強さを増し、やがて炭鉱の中を明るく照らす。
 感じていた温もりはいつの間にか消えていた。
 それに気付くのとほぼ同時に、光が水晶の上に人をかたどった。
 その光は質量を持っているようだった。手を伸ばせば、触れられる気がする。
 水晶から発せられた光はやがて弱まり、人をかたどった光はやがて実態となる。
 地の精霊・アース。
 年齢的に言うと三十代半ばと言った所だろうか。
 顎に無精ひげをはやし、少し長めの髪を後ろで一つに縛っている。
「シルフにアクエリアスか。久しいな」
 アースはまず、彼等の姿を確認しそう言った。
 二人が軽く挨拶したのを確認した後、視線をルキアスに向けた。
「お前たちが俺を呼び出した理由はすでに分かっている。ローケス大陸の異常気象。それを止めたいんだろ?」
 アースはルキアス達の返事を待たずに続ける。
「だがもう分かっているはずだ。俺達精霊だけの力で、異常気象を治める事は出来ない」
 そう。シルフが以前言っていた事だ。
 精霊の力より強力な何かで制御されている異常気象は、精霊達だけではもはや止めようが無い。
「……止めるには、ブロル帝国そのものを叩く必要がある。危険な旅。お前たち子供が生きて帰れる保証は無いんだぞ?」
 どうやらアースは、ルキアス達の勇気を試そうとしているようだ。
 この程度の事で臆する様な人間に、最初からついて行く気は無いらしい。
 だが彼等にとってそれは今更の事。
 カルーナを出た時に、四人は決意していた。
 ルキアスは何も言わず、手を差し出す。
「一度決めた事は、何が何でも成し遂げないと気がすまないたちでね」
「……そうか」
 ルキアスの一言で、アースは彼等の決意の程を理解した。
 微笑を浮かべるルキアスに、自分も微笑を浮かべ、その手を強く握った。
「それとその水晶を持って行け」
 アースは視線をその水晶に向けた。
「これを?」
 そう聞き返すルキアスに、アースは続けた。
「その水晶には俺の力が宿っている。地源霊を集め武器を生成できるはずだ」
 その説明を聞きながら、ルキアスが水晶を取った。
 だが問題は、誰が使うか。
 自分は源霊魔術で十分だし、リヴァルは剣を所持しているから不要。
 ニーナはまず無いから残るはただ一人。
「ルキアス。俺に使わせてくれ」
 もちろん、名乗り出たのはカルノスだ。
 自分には力が無い。
 ニーナを守る力も無ければ、自分自身を守る力すらも。
 だから力が欲しい。
 もちろん、武器に頼るのはカルノスの主義に反する。
 だが、自分がその力を――武器じゃない自分自身の力を身につけるまでは、それの代わりになる力を使いたい。
 そして守りたい。自分だけでなくニーナを。他の仲間を。
「もう足手まといになるのは嫌なんだ。だから……」
 暫くの沈黙が辺りを支配した。
「……アース。これの使い方は?」
 ルキアスは唐突に質問する。
「水晶を持って、頭で念じればいい。それ以外は何もいらない。詠唱語も媒介もな」
 ルキアスはそれを聞くと、カルノスの前に歩み出た。
「……だそうだ。お前が持っていろ」
 そう言って、水晶を彼に渡す。
「いいのか?」
 カルノスがそう言うと、今度はリヴァルが続けた。
「足手まといが居ると迷惑なんだよ」
 と、少し挑発気味な言葉。
 もちろん、挑発が本心でないのは言うまでもないだろう。
「……わかった。もうぜってぇ足手まといにはなんねぇ」
 カルノスは、その水晶を握ると、そう呟いた。

 続く

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