―第十一話―

初めて来た人へ
 モンスターの尾が水面から顔を出し、間合いを詰めるリヴァル目掛け襲い掛かる。
 リヴァルはそれを難なく交わすと、その尾の上に乗る。
 そしてさらに高く飛び上がる。
 瞬間ルキアスが詠唱を開始した。
「リヴァル! それに乗れ!」
 刹那、リヴァルの目の前に一メートル四方ほどの岩が現れた。
 リヴァルはそれ踏み台代わりに足を乗せ、またさらに高く飛ぶ。
 ルキアスによって次々に造り出される岩に足を乗せ、遂にリヴァルはモンスターの頭に飛び乗った。
「死ねッ!!」
 剣をその頭に突き刺そうとする。
 だが剣は、その丸みの帯びた頭には刺さる事無く、脇にそれた。
 その衝撃のせいか、突然モンスターは頭を振って暴れだした。
「うわっ」
 リヴァルはそれによって頭から振り払われた。
 そのまま岸の方に倒れる。
「大丈夫か!?」
 ルキアスが駆けつけるが、とくに怪我らしい怪我は負っていない。
「剣が刺さんねぇ。どうなってんだ?」
 リヴァルは剣の先に目をやる。
 剣に異常は無いようだ。すると原因はモンスターの皮膚にあるという事になる。
 目をこらしてよく見れば、うろこで覆われていた。
「尾の方から頭目掛けて切りかかってみろ。魚をさばくのと同じ要領だ」
「OK」
 リヴァルは再び間合いを詰める。
 そして岸に上がっているモンスターの尾を、ルキアスに言われたように攻撃する。
 上手くうろことうろこの間に剣は入ったが、それ以上進まず、傷を負わせられない。
「ダメだ、ルキアス!! 全然きいてねぇ!!」
「分かった。いったん戻れ」
 そう言った後ルキアスは詠唱をし、巨大な岩をいくつも造り出しモンスターにぶつける。
 だが多少怯んだ程度で、たいしたダメージは与えられなかった。
「どうなってんだ? 不死身かよ」
 ガラにも無く、そんな言葉がこぼれた。
「リヴァルの剣もダメ。源霊魔術もほぼ効果なし。アクエリアスも手を焼くはずだ」
 ルキアスは妙な所で納得する。
 突然、モンスターは尾を振りかざし、二激目を繰り出した。
 二人はギリギリで交わしたが、次の攻撃はすぐに訪れた。
 二人が交わした事で地面に叩きつけられた尾は、すぐさま横になぎ払うように動き出した。
「ちっ!」
 ルキアスはすぐに詠唱をして、周りに風源霊を集めて作ったバリアーを張った。
「結構動きが早ぇな」
「なんか勝機は無いのか?」
 杖をかざした姿勢のまま、ルキアスは問う。
 リヴァルは暫く考え込む。
「……外が固い奴ってのは、案外中身がもろかったりするんだけどな」
 少々いい加減な考えに、ルキアスは嫌な気分になった。
 だが、それにかけてみるしかないのが現状。
 やるしかない。後には引けないのだ。
「中からの攻撃……僕は何をすればいい?」
「行くのか? この作戦で」
「それしかないだろう。早くしろ。これももちそうにない」
 そう言われて、リヴァルはバリアーに目をやる。
 だいぶ亀裂が入っている。
 その度にルキアスは詠唱をして補強を試みるが、多少の時間稼ぎにしかならない。
「あいつの動きを止められるか? 例えば氷づけにするとか」
「無理だ」
 ルキアスは即答する。
「このモンスターの力や大きさから考えて、氷の厚さは少なくとも一mは必要だ。それだけの氷を生成している暇なんてない」
 リヴァルも暫く時間を置き考えてみる。
 結論はルキアスと同じ。自分で出した案だが自分で却下した。
「くそ〜……なんかねぇか……」
 リヴァルはさらに深く考え込む。
 後ろでは、ルキアスのうめきにも似た声が聞こえる。
 もう限界が近い。それが、さらにリヴァルを焦らせる。
「……あいつの口を開いたまま固定するのにどれだけの時間が要る?」
「……氷づけでか?」
 リヴァルは頷く。
「口だけなら数秒で足りる」
「決まりだ。合図したら口を凍らせろ」
 リヴァルは一足早くバリアーの中から抜け出す。
「何を考えているんだか」
 そう言いながらもルキアスは詠唱をし、バリアーの周りに電撃を走らせる。
 バリアーに密着しているモンスターの尾は、痙攣のような物を起こしながら離れていく。
 モンスターは絶叫しながら湖にもぐる。
 その間にリヴァルは湖に近づく。
「どうする気なんだ?」
 ルキアスは少し不安になり、リヴァルに問う。
「心配すんなって。お前は指示通り奴の口を凍らせればいい」
 そう言い終えたとたん、再び湖が盛り上がり、モンスターが飛び出した。
 岸に立つリヴァル目掛け、口を大きく開いて迫る。
 リヴァルを飲み込むつもりのようだ。
 お互いの距離はどんどん縮む。
「今だルキアスッ!!」
 距離が十mも無くなった時、リヴァルが叫ぶ。
 ルキアスはすぐさま詠唱を行った。
 瞬間モンスターの口が氷で固定された。
 果たしてそれが何の意味を持っていたのか、ルキアスには分からなかった。
 氷づけになった次の瞬間には、リヴァルはモンスターの口の中に消えていた。
「リヴァル!!」
 ルキアスは、予想外の展開に驚きの声を上げた。
 だが次の瞬間、モンスターの頭に縦に亀裂が入り、血が吹き出る。
 真っ二つになった頭から現れたのは、全身モンスターの血で赤く染まった人らしき姿。
 その人の姿を見て、ルキアスは思わず「……ハハハ」と笑った。
「……まったく。無茶な事を」
 そう言う傍ら胸を撫で下ろすルキアス。
「でもマジ危なかった」
 リヴァルの顔には笑みがあった。
「お前が口を固定してくれなかったら今頃奴の胃の中だ」
 その言葉を聞いた時、リヴァルの考えていた事がやっと分かった。
 リヴァルはわざとモンスターの口の中に入ったのだ。
 しかし口全体が自由に動く状態だと、飲み込まれる危険性がある。だから固定して、モンスターの口の自由を奪った。
「……お前らしいな」
 ルキアスは微笑を浮かべると、右手を宙にかざす。
「まぁな」
 リヴァルはその手に、自分の右手をパンと軽く叩きつける。
「……どう? なかなかでしょ?」
 シルフは隣で真剣に今の戦いを見ていたアクエリアスに声をかけた。
「ですね」
「……すげぇ……」
 カルノスは今の戦いを見て、そう声を漏らした。
 ――あの二人……凄すぎる……。
 ディギルの時といい今回の戦いといい、この二人のコンビネーションは抜群。
 カルノスは、二人に対して憧れのような感情を抱いた。
 そして、目指すべき……超えるべき目標として、また新たに認識した。
「すまないアクエリアス。湖が……」
 ルキアスはそう言いながら湖に目をやる。
 さっきのモンスターの血で、湖は一部真っ赤に染まっていた。
「構いませんよ、これぐらい」
 アクエリアスは笑顔でルキアス達の方を見た。
「それよりも感謝します。これで、ここの生態系は崩れる事はないでしょう」
「じゃぁ……」
「ええ。あなた達の旅に僕も同行させてください」
 リヴァルたち四人は、安堵の溜め息をつく。
 その姿を見て、アクエリアスは微笑した。
 ルキアスはその輪から前に出て、手を差し出す。
「改めてよろしく頼む」
 アクエリアスは微笑みながら、その手を強く握った。

 続く

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