今の時間帯の商店街は、買い物客でにぎわっているのが基本だ。
前後左右、見渡す限りの人だかり。
俺の場合なれてしまっているからいいが、加奈ちゃんはそうはいかない。
少し疲れが目立っている。
「少し休もう。どっかないかな」
「……すみません」
俯いて彼女は言う。
買うものはもう買ってしまったから、後は帰るだけだった。だが、このまま帰るよりどこかで休んでからの方がいいだろう。
ちょうど良く、人の少ない噴水広場を見つけた。
実はここは、自分でもお気に入りの休憩ポイントだった。
ここにいると、本当に気分が楽になる。
彼女とて、例外ではないだろう。
「……キレイな噴水……」
傾いた日の光りによって黄金色に輝く噴水は、加奈ちゃんをそれへと魅了するのには、十分過ぎる演出だった。
「こんな所があったんですね……知らなかった」
「俺も、最近になって知ったんだ。良かった。喜んでもらえて」
「今日はありがとうございました。無理言って手伝ってもらって……」
「別にそんな事無いよ。俺だって、買い物しようって思ってたところだし」
「そうでしたね。やっぱり一人暮しってたいへ――」
そう言いかけて、加奈ちゃんは咳き込んだ。
少し前から、やたらとせきが目立つ。
無理し過ぎたんじゃないだろうか。
自分の体の事は、自分が一番良く知ってるなんて言うけど、その本人が無理をしていては、「大丈夫です」なんて言葉を鵜呑みには出来ない。
彼女自身、辛いはずだ。
今は――加奈ちゃんが、まだ噴水にみとれている間はそっとしておくとして、それが終わったら早く帰ろう。
それが加奈ちゃんの為だ。それに、もう二度とこんな時間が来ないって訳じゃない。
「……キレイ……」
加奈ちゃんの呟いた一言が、噴水の音の中へと溶け込んでいった。
加奈ちゃんを家まで送り、そのまま帰路につく。
結局あの後三十分ぐらいあそこで休み、加奈ちゃんを自宅へと送った。
少し帰りが遅くなってしまい、親に色々と言われるのではないかと心配したが、加奈ちゃんは、それを恐れているようには見えなかった。
いつもの笑顔で、また明日と言って、家へと入っていった。
――ほんとに大丈夫かな……
疲れは結構取れたように見えたが、それでもせきが収まることは無かった。
ぜん息ではないらしいが、見ていて辛そうなのは確かだった。
それでも加奈ちゃんは、笑顔を絶やさない。
すごい根性……もとい精神だと思う。
相手を心配させまいと思っての行動だろう。
だがそれが、逆に相手を心配させてしまう原因でもある。
――彼女に対して……俺に出来る事ってなんだろう
ふと、そんな疑問が浮かんだ。
「か……芳井さんが入院!?」
翌日の放課後、保健室を訪れた俺は、加奈ちゃんが居ない事に気付く。
聞けば今日の朝早く、調子が優れないとの事で、病院へと行ったらしい。
「入院って大げさな事じゃないけど……検査の事とかもあるし、暫くはそっちの方に居るらしいのよ」
「……そうですか……」
間違い無い。俺の責任だ。
「先生、芳井さんの居る病院ってどこなんですか?」
「近くの中央病院だけど……」
それを聞くと、頭で意識するより先に、体が動き出した。
飛び出すように学校を後にして、病院へと急いだ。
中央病院なら、商店街へ出てさらに十分ぐらい走ったところにある。
無我夢中だった。いつの間にか俺は全力で走っていて、病院に着いた時には吐き気がするほどだった。
病室を確認し、急いでそこへ向かう。
「失礼します」
そう一言言ってドアを開ける。
ベッドが一つだけの個室。清潔そうな白が少し眩しかった。
そのベッドの上に、パジャマのような格好の加奈ちゃんが寝ていた。
「え……センパイ?」
半身を起こし、驚いたように目を丸くする。
「どうしてここに……」
「八重樫先生に聞いたんだ。加奈ちゃんが入院したって」
「わざわざ来てくれたんですか?」
「……俺に責任があるから……」
それを聞いた加奈ちゃんは、不思議そうな顔をした。
「昨日、加奈ちゃんの事考えたら、ほんとは真っ直ぐ帰るべきだったのに……でも商店街で、ほんとに楽しそうだった加奈ちゃん見てたら……ずっとこうして居たいって思って……つい、外で長居しちゃって……」
ゆっくりベッドの方に近寄る。彼女は少し困惑と言った表情だった。
「……センパイ……」
「ごめん。俺のせいだよな。こんなんなっちゃったの……ごめん」
あやまってどうにかなるとは思わなかった。
あの時、ノートが欲しかったのなら、俺が代わりに買ってやれば良かった。
ほんとは、商店街なんて連れて行くべきではなかった。
そうすれば、こんな事には。
「大丈夫ですよ。そんなに大げさな事じゃないんです。ただ疲れてめまい起こしちゃっただけです」
「でも、商店街なんて行かなけりゃ……」
「……行かなかったら……センパイと一緒に居れなかったから……」
加奈ちゃんはそう言って俯く。
「センパイと……少しでも一緒に居たかったから……辛いの我慢してたんです。センパイのせいじゃありません。私のわがままなんです」
「加奈ちゃん……」
加奈ちゃんは、言い終えた時に顔を上げた。
そこには、満面の笑顔があった。
「私……センパイの事が好きです。初めて私の小説誉めてくれて……すごく嬉しくて……」
突然の加奈ちゃんの告白。俺は同然の如く戸惑った。
「会ううちにどんどん好きになって……それから、ずっといっしょに居たいなって思って……昨日無理してでもセンパイと居たかったのは……だからなんです」
彼女は続けた。
「ごめんなさい。突然こんな事言われても……困っちゃいますよね。えへへ、なに言ってんだろ……私……」
彼女の目に、なにやら光る物がたまっている。
「ごめ……ごめんなさい……なんで……泣いてるんだろ……」
あいにく、ハンカチの持ち合わせが無かった。
そっと加奈ちゃんに近寄ると、目を親指で拭った。
「……ありがとう、加奈ちゃん。俺さ、こんな経験無いから、こーゆー時なんて言えば良いかわかんないけど……」
顔だけじゃなく、目までウサギのように真っ赤になった加奈ちゃんと向き合った。
映画とか、ドラマとか、本とかマンガとか。
そこに登場する人達は、こんな時なんて言うのだろうか。
経験の無い俺には分からない。
でも、こんな時に言うのは、たぶん自分の正直な気持ちなのだろう。
「……俺も前から加奈ちゃんの事、カワイイなって思ってた。こんな彼女が居たら……すごく楽しいだろうなって……ずっと思ってた」
「センパ……あっ」
彼女の半身を、そっと抱き寄せる。
「俺も好きだよ。加奈ちゃんの事」
生まれて初めての、異性への告白。
こんなんでいいのかとも思った。
でも加奈ちゃんは、
「……邪魔じゃ……ないですか?」
「え?」
「私……車椅子だから……」
「関係無いよ、そんなの。人を好きになるのに……車椅子とかなんて関係無いよ」
俺の制服を掴む力が、少し強くなった。
加奈ちゃんは、俺の胸に顔を押し当てうずくまると、声を殺して泣いた。
……彼女に対して……俺に出来る事。
それは、精一杯、彼女を想ってあげる事。
生まれて初めて好きになった彼女を、ずっと……好きでいてあげる事。
ずっとずっと……彼氏として、尽くしてあげる事。
続く
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