窓の外が光った。それとほぼ同時に、空間を覆うように雷鳴が轟く。
それによって俺は一時的に読書と止めた。
ふと外に目をやると、そこには六月らしい雨が降っていた。
所謂梅雨。シトシトと地面を濡らし、じめじめと湿度をあていく厄介な風物詩。
ここ数日、雨は降りっぱなしだった。おかげで校庭は水浸しで、制服を汚さぬよう歩くのが困難なほどだった。
洗濯物は常に部屋干し。そしてなかなか乾かないという現実。
ため息をつかなかった日なんて、ここ最近無かった。
「……ふぅ」
そう思っていた矢先にため息をつき、席を立つ。
時計を見ると、五時半を過ぎようとしていた。
「そろそろ帰るかな」
辺りを見まわすと、図書室に残ってる人は俺だけだった。
図書委員の姿も無い。
――今日は一年が担当だったな。あとで扱いとかないと
何を隠そう、俺もその図書委員の一人だった。確かに、今年の一年の態度は目に余るものがあった。
仕方が無いので戸締り等を終え、人がいない事を再び確認し図書室を出た。
最近はこの雨のせいで、外に出かける事が少ない。家に居ても、やらなきゃならない事が多すぎて、ゆっくりする暇も無いのが現状。
両親は、俺が中学二年になってすぐに事故で死んでる。
その時高校二年だった姉さんが、高校中退してまで働いてくれたおかげで今に至っているが、俺が高校生になると、仕事なんてそっちのけで遊んでいる為、家事はすべて俺任せだった。
だから、家に帰っても忙しいのだ。
そんな中、俺に開放感を与えてくれるのが、図書室だ。
静かで読書にはもって来い。普段、テレビゲームとかはそんなにやらない方だから、この図書室で本を読んでるだけでも、ストレスなんて吹っ飛んでしまう。
かれこれ二年と二ヶ月、ここにはお世話になっている。図書の先生ほどではないが、どこにどの本があるかは、大体把握している。
そんなこんなで、ここではすっかりお馴染みになってしまってる俺だから、図書委員に抜擢された。
別に嫌じゃない。むしろ、色々な本を拝見できる事が嬉しかった。
だから、今の学校生活は、充実していると言って間違い無い。
少し刺激が足りないと言えばそれだけなのだけれど。
スーパーの袋が濡れないよう、必死に傘の中に入れようとする。
雨は弱まる事を知らず、道を歩く人達も、露骨に嫌そうな顔をしている。
それを見ていると、何故だか俺も、嫌な気分になってくる。
――さっさと帰ろう。
時計は六時に指しかかろうとしていた。
空は灰色一色。普段のこの時間帯なら、綺麗に赤く染まっているはずなのに。
明日は晴れるかな。そんな事を思うのはもうよそうと思っていた。
この時期はいつだって、朝起きても雨はやんでいない。一日二日ならまだしもこうも毎日同じことが続くと、いちいち願っているのが馬鹿らしくなるからだ。
そんな、鬱陶しくてたまらない風物詩。
それが上がったのは、それから二日後の事だった。
「じゃぁ、あとヨロシクな。岳志」
新はかばんを背負ってカウンターから出ていく。
「ああ」
バスケ部の彼は、何でも今度の大きな大会の為の打ち合わせとか何とかで、急遽部活に出るしかなくなってしまったらしい。
と言うより、三年の六月にもなって部活よりも委員会の方を優先しているのもおかしいと思うのだが、彼は俗に言う幽霊部員に近い所に居るのであまり気にしてはいないらしい。
どちらにしろ、後やる事と言ったら、閉館間際に戸締りをするだけ。それまでなんにもやる事はない。
携帯にメールが届いてないか確認すると、カウンターの椅子に寄りかかって本を開いた。
「……じゃぁ、閉館時間になったら……」
「はい! 分かりました!」
暫くすると、廊下の方から、保健の八重樫先生と元気の良い女の子の声がした。
ふと時計を見ると、閉館時間まであと二十分と無かった。
何で今頃、と、そんな事を考えていると、ガラガラと引き戸が開いた。
入ってきたのは、思った通り八重樫先生と、一人の女の子だ。俺と同じ年代の女子より明らかに幼く見える事から、一、二年生だろう。
しかし驚いた事に、その子は車椅子だった。
先生が図書室まで彼女をつれて来たのだろう。ここは二階だ。車椅子一人で昇のは、まず不可能だ。
八重樫先生が退室すると、彼女は器用に車椅子を操作し、目的の本棚へと向かった。
――あんな子がいたんだ。この学校
意外な事実に少し驚きつつ、俺は再び、本に視線を戻した。
だがその刹那だった。
「あ……キャァ!」
と言う悲鳴と共に、何冊かの本が落ちる音がした。
とっさに俺は立ち上がり、様子を伺おうとした。だが、本棚に隠れてしまっていて、状況が掴めない。
しかし、大体どんな事が起きているかの見当はついている。それ故に、それが車椅子に乗っている子一人で解決できないって事も分かる。
本にしおりを挟んで現場へと足を運ぶと、俺の予感は当たっていた。
本棚の、ある一列の本すべてが、何かの衝撃により車椅子の彼女に襲いかかっていたのだ。
「だ、大丈夫?」
本を退かし、彼女の身を案じる。
「……え? あ、はい。平気です」
「そうか。良かった」
すると彼女は、少しうつむいて、
「すみません。ご迷惑をお掛けして」
「いいよ、謝んなくても」
俺はそう言いながら、本の抜けている棚を見た。
車椅子に座った状態の彼女では、腕を伸ばしてやっと届く、と言うぐらいの高さだった。
しかも、わりと厚みのあるハードカバーの本の棚で、以前からこの棚は、本がぎゅうぎゅう詰めになっていた。
俺でさえ、ここの本を抜き取るのに、その本の回りを押さえてないと無理だった。
本もズッシリとしている。彼女自身、さぞ驚いた事だろう。
「言ってくれれば、本、取ってあげたのに」
出来るだけ優しく言う。別に、彼女が車椅子に座っているから同情しているって訳じゃない。勿論、図書委員としての勤めでもあるが、実際は俺なりの親切のつもりだった。
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
笑顔で答える彼女。
恐らく彼女自身、車椅子の生活を不便に思っている。でも、それは不幸じゃない。
彼女の笑顔を見ているかぎりでは、それ以外の考えは浮かばなかった。
――強く……そしてすごく前向きな子……。
それが、彼女の第一印象だった。
続く
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